2009年5月17日日曜日

新車か中古か

こんなのは別にどっちでもいい話っていえばいい話。
お金のある人は新車をバンバン買ってもらえばいい話だし、次から次に乗り変えてもらえばいい。たまに聞く話で「もう中古でしか売っていないから」中古車を買うなんて人もいるけど、現実にはその売っていないクルマの中でもなるべく安いクルマを買おうとしているのが現実ナわけです。決して程度命とか何とかいってその中でもトップレベルの金額のクルマを買おうなんて人はあんまりいません。
結局「中古車=新車より安く買える」が原点だと思います。

では新車のメリットは?といえば、もちろんピッカピカのおろしたてで、自分が最初に触った(ハズ)初親。新車保証はついてるし、調子はいいはず。なんたって作りたてなんだから。........と、いうところだと思うのですがそこはそれ、やっぱり機械モノですから個体によって微妙な差はあります。
例えばセルシオなんてクルマは700万ほどしたクルマなんで、そんな異常というか調子を崩したなんて個体はあってはならないはずの存在なのですが、なんかの添加剤でも入れたか、1ヶ月点検の時にすでに異音が発生しており、ついにはエンジン交換となった個体もありました(もちろん新車での話)。ま、当然全てメーカー保証で対応させていただきましたが、
700万円の外れクジを引いちゃったんですね、なんて口が裂けても言えませんしねえ。
この話には尾ひれがあり、後にオーバーヒート寸前までいってしまい、またまた大騒ぎになってしまいました。おそらくこれはエンジン交換時のラジエーターホース結束に使うホースバンドといわれる部品があるのですが、これが新車製造時のときの締結位置とずれていた為、ちょろちょろと冷却水が漏れた事による
メカニックに因る人的被害だったと確信しています。結局はエンジン交換時にラジエーターホースも交換しておけばよかったのに部品代をケチったんでしょうなあ。後でサービスフロントの人間を締め上げておきました(メカニック本人を締め上げると、他の作業でしっぺ返しをされる可能性があるので本人には追及しませんでした)が、それでも自分たちの作業ミスは認めなかったなあ。あの野郎ー。
良くも悪くも新車の調子は一定レベルの範囲内にありましたが、過去に納めた車(500台くらい納めた)中で一台だけ「これは」というくらい調子よく回るエンジンの新車がありました。あれが所謂「アタリ」のエンジンなんでしょうねえ。明らかに違うんですよねえ。あの個体、今はどうしてるんだろう?

ではクルマ屋として、どのクルマなら新車で買うほうがいいと思っており、どのクルマなら中古でいいと思っているのか、という話なんですが。

ひとつは値落ちの問題。逆にいえば中古車になればこれだけ安く買えるという話ですね。アバウトな話ではありますが1年乗ると大概100万円くらいは下取金額が落ちます。もちろん車種や新車金額によっても差はありますが、想定しているのは400万円ぐらいまでの車の場合。
値が落ちるのはもちろん、それが中古屋さんやオークション会場にとっての仕入れであったり取引金額だからです。そこから各業者の経費や利益を乗っけて「これくらいなら新車が横に並んでも中古車として競争力のある金額だ」という金額にならなければいけません。
仮に300万円のクルマだったとしてそれが新車値引き30万円で売られているとします。すると実勢価格は270万円。すると...。やはり1年落ちの中古車なら30万円から50万円ほどの差額がないとチト競争力に欠けるかな?という判断でしょうかね。もちろん装備品によっても差はありますが。
すると店頭表示価格は220万円。ここから店の利益が店頭並び200万オーバーの表示価格車なら30万円くらいは考えるでしょう。それから商品化にかかる内装外装の掃除等々、これらで5万円くらいかな。外注で済ますか内々でやるかにも因るでしょうけど。そうするといつの間にやら下取金額は185万円になってしまっているわけです。新車のときに買ったフロアマットやその他の装備品をわざわざ外す人もそうはいませんから、その分もありますし、本当は払っているはずの自動車税や自賠責の金額もきちんと上乗せして買い取ってもらっていますか?なんてこともあるわけです。まあ、あとは傷があるとか人気のない色だとか、距離を乗りすぎているとか、なんだかんだと難癖がついてお安い金額で買い叩かれる訳です。

あ、出かける用事が出来てしまいました。今日はこの辺で。多分続きます。

2009年5月14日木曜日

難しい所

最近はおかげさまで車の保険や生命保険、医療保険、保険の内容診断、車のタイヤ交換、ナビ取付、車検に点検に一般修理、一般整備、新車販売、中古車販売、鈑金修理手配に、簡易鈑金見積り、簡単な故障診断に保険のハンドリングなどなど、まさになんでも屋さんの様相を呈していて、何とはなしに毎日あれこれと御用命をいただきつつ、作業をこなしつつ、手配をしつつ、なんて日々を過ごさせていただいています。

おそらくこれはお医者さんでも似たようなところがあるのでしょうが、まずは患者さんの御要望を聞きつつ、それらを基に幾つか問診をしつつ、患者さん(保険の内容であったりクルマの状態)の容体を目測していく、という流れが基本かな、と思っています。つまりは患者さん(お客さん)へのヒアリングが一番先にあるというところがミソ。
もちろんこちらとしては真摯に耳を傾けているつもりなのですが、中には相手が言葉に出さない要望なんかもあったりするところが後々の悲劇を生む温床になっていることもあったりするのが困りものです。こちらとしては言葉通り、額面どおりに言葉を受け取ることが多い(下手げな解釈は挟めない)のですが、お付き合いの長い方が多くなってくると中には以心伝心の意思疎通を期待されているところもでてきたりして、「それならそうと、先に言ってよー」なんてこともあったりなかったり。


歳のワリには結構入院回数というか入院経験が多いワタクシではありますが(現在までに4回)、お世話になるたびに毎回毎回、治療方針の説明や入院日数によるスケジューリングの説明など、やる事がこと細かくなってきている印象を受けます。
もちろん人体に関することですから細心の注意を払って、医療ミスを防ぐ姿勢というか体制・システムの構築を連綿と続けておられるようで、非常に参考になるのかな、と個人的には思っています。そういう説明のパターン化も考えなくてはいけないかなあ、と自身のカバーする分野に対しても思わずにはいられません。
クルマ業界的にはそういう「説明する」という事に関する技量やバックボーンは個人の資質に大きく依存しているのが現状です。トヨタのCMでいう「これから目線」なんていうのは、スローガンとしては正しいと思うのですが、果たしてそれが何処まで徹底させていくつもりなのか。
保険業界的には、生保分野では「保険内容の説明手法」が、特に外資系を中心として随分と研究されていて、そしてパターン化もされています。これはアリコに在籍していた時に随分とやってきました。

では損保分野。ここではそうした試みはあまりなされておらず、せいぜい個人的な努力の範囲をでておりません。損保ジャパンなどではCMで「分かりやすい保険」を謳っていますが、じゃあどんな風?といってパンフレットを見てもあまり従来からの変化は見えず、どうも掛け声だけに終わっているような気がしてなりません。このあたりは研究の余地が随分残されているように感じますが、損保社員が直接直にお客さんと話をする機会が実際にはないのが現実ですから、まだまだこの道は険しい気がしてなりません。
結局の所、損保会社自身が「契約者から見て、何処がどういう風に分からないのかが分からない」訳ですからね。例えば大学教授は専門分野の研究者ではあっても「教える」という「技術に精通している訳ではない」ということと似通ったところなのでしょう。

政権交替

小沢さんが辞任してしまいました。

個人的にはこの際一回ぐらい民主党に政権交替してみてもいいじゃないか、と言う気持ちはありました。今現在は確かに首相は麻生君ですが、今に連なる時代を形作ってきた歴代の自民党総裁たち(一部社会党出身首相を含む)や自民党幹部連中を支持し続けた結果が「今」であるのですから、それこそどうしようもなければ一回くらい交替してみる価値はあるのでは?とも思っていました。
それが、一度は自民党の幹事長まで勤め上げた小沢さんが野にくだり民主党の代表になって、ということならばまだ、主張するということに対するその言葉の責任をほとんどその身に受けたことのない怪しい連中が代表である時期よりはよっぽどましかな、という淡い期待もありました。

でもねえ。

鳩山じゃあダメかな、と。(正直岡田君の事はよく知らないので誰か教えてください)

村山の二の舞ににゃりゃせんか、と。

羽田談話の類いをまた繰り返したりせやせんか、と。

鳩山の「日本はみんなのもの」なんて、その言葉がどういう意味を帯びてくるかなんて想像したこともないのか、だた単に言葉に酔っているだけなのか。


司馬遼太郎が「風塵抄」か何かで、「クーデターは軍隊で言う大佐クラス以上の人間を巻き込まないと成功しない」ということを書いていました。まあなるほどそういうもんか、と思います。
企業で言う部長クラス。幕末に思いを巡らせれば、薩長では割合藩の上層部の連中(小松帯刀とか)にも理解者がいたおかげで西郷であったり大久保であったりが動くことが出来ましたし、桂小五郎や高杉晋作などは自身が藩の上層部に食い込める家柄の出身者だったかと思います。
翻って土佐藩では山内容堂が中途半端に賢いというか権勢をふるいすぎたために藩内に残った武市半平太などは日の目を見ることはなくなってしまい、早い時期から活動拠点を藩外に求めていた坂本竜馬や中岡慎太郎は、後々までそのことに苦労することにもなりました。

さて。民主党の中の戦力分布はよく知りませんが、そうしたことをふまえての参謀というのか作戦を心に秘めた戦略家っているのかなあ。まあ、鳩山君なら鳩山君でもいいのですが、それをきちんと誘導できる懐刀というのか、島津久光にきちんと手綱を掛けうまく誘導しきった大久保利通みたいな存在。

戊辰戦争の頃、箱根の険を利用して海上から薩長軍を追討するべしという建議が徳川慶喜に対してあったらしいのですが、その際慶喜が家臣に「我が方に薩の西郷の如き者がいるか、大久保利通の如き者がいるのか」と反問したそうです。それを言われ家臣は黙ってしまった、ということですが、その真偽はともかく今の嘆かわしい所もまさにそれだと思うのですがねえ。

これならばより痛みの少なそうな方、ということで相対的に「まだ自民党でも.......」となってしまうのもいたしかたない風にもなってしまいそうで。
最も一番悪いのは「投票しても変わらない」などと悟った風な事をいい「投票しないことが自分の意思表示」などと言っていた連中ですよねえ。ただ、何処に意思表示をしていいのか。いっそアンチの意思表示として共産党にでも入れるかなあ。公明はありえない選択だし、社民もみずほ君の言うことがあまりにも馬鹿馬鹿しいしから入れる気にならないし。でも今の選挙制度だとそうした弱小政党への票は死に票になる確率が高いんでそれも考えモンなんですよねえ。

2009年5月11日月曜日

理解に苦しむ

保険に限らず、車のことでもよくある断わり文句が「つきあいがあるから」です。
まあ、「お付き合い」そのものに関してどうのこうの言うつもりはさらさらありませんし、自分との関係やその他の何がしかがその方より「より貧弱であった」だけの事でしょうから、大概そういわれると「ああそうですか」とか何とか言ってさっさと話を打ち切り、引き上げてしまうのが常です。

そうした話の仕方は第三者であるはずのお客さんに対してだけではなく、近親縁者に対してもそうで、特に身内に対して営業をするつもりはさらさらありません。だって嫌なんですもの。言うのも嫌だし、言われるのも嫌。だから親戚でもありお客さんでもある、という人はそんなにいません。そのほとんどは「向こうから言ってきた」親戚達です。
ただ、身内であるだけに話を打ち切った後でも後日談だけは耳に入ってきたりすることがあります。今日聞いてきたのは車検の話。いちおう自賠責だけは前回やってもらってあったので、車検日だけは把握しており、いちおう念のため車検の案内と概算数字(車検取得金額総額)だけはお知らせをしておきました。

いつもの事ならお好きにどうぞとしか思っていないのですが、今回案内葉書を出したのは、今まで付き合いのあった整備業者が昨年の秋口に「商売を辞める」ということを言って回ってきた、ということを耳にしていたからです。
ただ、辞めたとはいってもその辞めた環境にその整備業者本人が順応しきっていないようでシャッターを閉めてある日もあれば、ちょろっと仕事をしたりする日もあったりと、どっちつかずで多分小遣い稼ぎみたいな感覚なのでしょう。ただ耳にしている範囲ですと、けっこうな請求金額を言っているようです。その程度の舐めた感覚で車をいじられ、ぼったくられている親戚がかわいそうだとも思ったので車検案内の葉書を出した、というのが今回の経緯でした。

今まで耳にしているところで言えばその業者、自分のところで納めた新車にもかかわらず「ぶつけちゃったから直して欲しい」とお客に言われても「この程度のキズなら直さなくてもいい」と言ったとか。パワーウインドウの動きが変だとか言われても「そんなのわからん」「直らん」と言うだけだったり。

その親戚は某H社のフィットを新車でそこから買ったのですが、ドアミラーの根元の塗料が剥げてきている(2回目の車検前時点)事に関して「これでいいだろう」とタッチペンで小汚く塗りたくってくるだけでお茶を濁そうとしてきました。
幾らなんでもそれは酷かろうと思い見るに見かねて、まずは新車保証書を探し出してそのフィットを卸したディーラーを突き止めました。この程度の仕上がりならばメーカークレームの対象になっていてもおかしくないと思ったからです。そして確認を取ったところ案の定メーカークレーム対象のサービス項目になっていました。そして即入庫。翌日にはめでたくミラーの根元は新品の対策品に交換されて戻ってきたのです。
まあ正直な所、街中の業者ってこんなものか?とも思いました。それが全部の平均像とは思いませんが、それでも酷い所は酷いもんだなあ、と。結局こんなもん、で慣れきってしまっていて全てとは言わないまでも自分本位の考え方や行動になってしまい、お客さんといえば搾取の対象以上ではなくなっちゃってきているんだろうなあ、と。

ただそれにもましてお人好しなのがその親戚ですね。はたから見ればその整備業者にとってその親戚はその程度の存在でしかないのでしょうが、親戚からすればお客さんの一人でもある、ということで、それが「付き合いがあるから」という冒頭の言葉になっているのでしょう。でも、その親戚にとってものすごく大口のお客さん、ということならともかく自分の目からしたらそれほどでもなく、じゃあ、随分と気心が通じているのか、といえばそういう風でもない。


うーん。理解に苦しむ。そうまでしてして付き合い続ける意味はないと自分なら思っちゃうんですけどねえ。まあいいけど。

2009年5月9日土曜日

佐久間巡業


今年も行ってまいりました。
ただ、今年は昨年に引き続き雨天でのドライブ。さすがに水窪近辺は標高が1000メートル程になりますので雨天ともなると雲の中になってしまい危ないのもそうなんですが、それ以上に視界が晴れず、せっかくの景色がまったく見えず仕舞い、しかもスーパー林道のある道中はどうも地質的に弱いらしく、あちこちに崩落の痕跡が散見され、下手げな肝試しコースよりも怖いというおまけ付きです。

そんなこんなで晴れたらロードスターをオープンにしてゆっくりドライブと思っていたのですが、昨日まで引き続いた雨の中でしたのでやむなく断念。今年はベンツ君で行く事にしました。
チワワのちっちは柴田の実家に拉致されることになっていたので、今年はぺろは留守番。このためわざわざコンパクトハッチのイストで行くよりはしっかり剛性のセダン車ベンツで行くか、ということになったのです。先日やっと純正仕様の15インチホイールとタイヤ(もちろんミシュラン)が手配できたので足元の不安もありません。

いつもならば、もう少し他の車を見かけるのですが、今年のスーパー林道の道中では先行車に遭遇する事はなく、対向車も3台程度でした。これで晴れてくれれば本当に最高のシチュエーションだったのに。
おそらくETC渋滞というか1,000円集中によって、いつもはここへも来る車たちも高速道路へ行ったのでしょう。おかげで道中は非常に快適で常にマイペース(法定速度位)で行く事ができ、なんだか妙に自宅に戻ってくるまでの時間も短かったような気がします。
うちに帰ってきてテレビをつけると期待通りの渋滞ニュースだらけでした。ああ、行かなくてよかった。
しっかし何でこう「混むことが分かっていながら」、同じ行動をみんなとるのでしょうかねえ。その心理が理解できません。どうせならその逆を突き混まない所に行く、もしくは出かけない、という選択が無いものなのか?と思わずにはいられません。なんだか、ダッコちゃんやフラフープに群がり飛びついた当時の世相と変わっていないんだろうなあ、と思わず納得しちゃった一日でした。

2009年5月4日月曜日

片手落ち

ナビゲーションシステムがまだ黎明期だったと思しきころ(平成一桁時代)、今もあるのだろうけど普段何をしているのか分からないナビ研協会というところの自主規制が話題にのぼったことがありました。

その中で憶えているのは「生活道路をナビゲーション上の誘導道路として表示しない」とか、「あまりにも個人的な情報までナビ情報として掲載するのは如何なものか」といったような内容のものでした。
当時は今ほど個人情報というものに対して意識がなかったこともあり、タウンページにある個人の電話番号や表示地番を地図データとしてそのまま転用しているソフトなんかも散見されました。たしかNTTも希望者には有料で電子電話帳といった感じのものを配布していたような記憶もあります。
もうひとつの「生活道路」に関してなんですが、規制の内容としては確か「4メートル以下の道幅の道路を表示しない・誘導路として検索対象に入れない」といった感じのものだったかと思います。確かにあんまり道幅のない道路は老人や子供の憩いの場として機能している箇所も多く、そこをナビゲーションされた、ただの通過道路としてしか意識していない土地勘のないドライバーの通過は確かに危険な存在になりがちです。また、そうした車輌とも事故が段々増えてきたことも、そういう規制の流れの裏事情にはあったでしょう。そういった意味では先見の明があった、と思います。

ただ、えてしてそういう規制に忠実なナビゲーションシステムは往々にして使いにくいことも多く(妙に遠回りをさせられる、案内が不親切などなど)、ナビ研未加入会社のソフトを指名してくる方も中にはありました。
現在はどうかといえば、さすがに個人の電話番号や個人宅地番を個人名と併記して表示するようなことはしませんが、それはなくてもなんとなく分かるように各社工夫を凝らした表示・案内をするようになり、何とかまともに使えるようにはなってきているようです。

さて、今日、こういうことを思ったのは他でもない、地元村櫛のガーデンパークで行われているらしい「フラワーフェスタ」とかいうイベントの為に4mというほど狭くはないにしても村櫛町のメインストリート兼生活道路(つまりは老人や子供がけっこうウロウロする道路)をバンバン通過する車輌が絶えないことに些か立腹したからです。
確かにガーデンパーク周辺には誘導員が何人となく配置されておりました。ですが北からの進入路である交差点には「ガーデンパークこちら」という立て看板ひとつなく、おそらくナビゲーションに誘導されるがままに(基本的にナビゲーションシステムは距離優先で誘導路を計算する為)そのまま町内を縦断する道に進入してくる他府県ナンバーのクルマが絶えません。今のところ交通事故そのものはないようですが、それはともかく、静かなことがとりえだった村櫛町内が何とはなしに騒々しいのは我慢がなりません。
いちおう町内を迂回してガーデンパークに行く道路もあるのですから、もう少しきっちりとしたルート表示看板なりを設置すれば事足りる(もしくは地元者優先道路とかいう表示)事だとは思うのですが、どうもそういう感覚はないのか、それとも言っても聞いてくれないだけなのか。

地元自治会ではガーデンパーク内に出店をしているようですが、そこでの売上が上がることのみに目が行く事の無い様にしてもらいたいものです。
あともう1点。こういうときに渋滞するからといって、つまらんところで信号機など設置することの無い様にしてもらいたいものです。もうこれ以上村櫛に信号機は要りません。

高速道路の無料化を希望する一人ではあるのですが、浜名湖大橋が無料開放されて以降、マナーの無い車、交通標識の読めないらしいクルマが特に中ノ島(舞阪・雄踏方面への分岐路)に氾濫していて困ります。ここ最近はアサリの潮干狩り目当ての行楽客で駐車場には車があふれかえっている状態です。せめて駐車料金くらい徴収するべきなのではと思ってしまいます。

このため転回禁止、右折禁止道路にもかかわらず、平気で道路上をウロウロしているクルマや人、そして自転車通行道路があるにもかかわらず、わざわざ自転車が車道を走っている姿にも事欠きません。そろそろ交通弱者という逆差別はやめてみてもいいのではと思わずにはいられません。

2009年5月1日金曜日

凧揚げ

今日から5月です。当地浜松は5月3.4.5日と3日間浜松祭りが開催されます。村櫛町は浜松祭りには参加していない地域になりますが、もちろん近隣地域での大イベントですからそれなりに影響は受けます。

まず、基本的には期間中、市街地及び中田島方面には出かけるつもりはありません。紳士危うきに近寄らず、ってなもんで、渋滞するであろう地域には近寄らないのが人間の知恵というものです。昔一度だけ凧揚げを見に行った記憶があるのですが、渋滞がひどくて懲りました。だからあっちには近寄らないのがいいのです。

昨日もそうでしたし、今日もそうなのですが、保険関係の電話が保険会社からや所属事務所からバンバン入っています。もう、うるさいうるさい。自動車関係業務が長かった(い)自分としては、ゴールデンウイークは長期休暇のシーズンという固定概念から抜けられません。
逆に金融業たる保険屋さんは基本的に「暦どおり」の休み方をするところがほとんどのようですから、なんか違和感があります。だって、特にここ浜松では凧の時期は何もかも止まる、って感覚が強いですから。自分は天邪鬼なセールスでしたので却って3月よりも4月5月が忙しいことが多ったのですが、普通のセールス(特に来店客待ちが主な契約ルートのセールス)は、この時期ほとんどお客さんなどは来ませんから、それこそ連休中明けはどうしよう?ってな感じでした。

今年は例年になく経済状況が厳しいようで、凧関係のご商売をされている方も今年ばかりはなかなか厳しい局面を迎えそうな感じです。袋井の花火も今年は中止になるって事だし。