2008年4月23日水曜日

困る事故

困ったことがおきました。またしてもやられたのです。とはいっても自分ではなく、お客さん。

またしても、というのは100:0の被追事故(というか、サンドイッチの中になってしまった)で、こちらはゼロ過失。ところが、「失礼ですが、あなた様の御車の時価額は」というパターン。

もう少し詳しく説明します。保険で言う損害賠償責任を問われる金額は時価額が限度という認識をします。ところがこの時価額というのが曲者なのです。

買ったばかりの高年式車の頃はまだいいのですが、今時の平均車齢を見てもわかるように、10年越えの極低年式車も珍しくない世の中になると、修理見積が時価額を超える事案も珍しくありません。20年も前のように5年・7年の代替が時代の主流であった頃ならまだいいのですが、近頃は平成ヒトケタの軽自動車ですら諸経費込みで、下手すると30万近くするご時勢です。いきおい、人間様に限らずお車様も超高齢化車界の時代なのです。そうした世の趨勢を反映してか、辺りを見回すと随分年式のバラエティにとんだ景色が見られます。そんなこといいつつ、自分も例に漏れず平成3年式の車なんぞに乗っている訳ですけど。

寄り道から戻って。ここ10年ほど前から衝撃吸収ボディ構造と呼ばれる設計手法の車が主流になっています。簡単に言えば、車体の前後のエンジンルームやトランクルームを衝突の際の潰れしろとしてあらかじめ設計しておき、乗員に伝わる衝撃を緩和しよう、という構造です。このため、けっこう車の前後というものは簡単に潰れます。つまり、修理金額が嵩むことが多い、ということでもあります。

このため、30万くらいの修理見積という事例は、珍しいことではありません。また、よくある外装色のパール系の塗装も手間のかかる塗装ですので、更に金額の高騰化に拍車をかけています。

よく「僕は対物無制限に入っているから大丈夫」という人がいますが、それはあくまで上限金額というだけのこと。修理見積金額が、時価額の範囲内におさまるか否かは、また別の問題です。

交通事故の場合、当事者同士の話し合い、示談が最優先、という考えをします。つまり、当事者間の取り決めが、法的に妥当とされる解決内容より優先される、という考えです。だから、交通事故の示談内容に警察が介入する訳が無い、という事にもなります。

保険会社としては出さずに済むなら、それに越したことはない、というのが当たり前。つまり、そこに勤めるサラリーマンの事故担当者としては、ある一定以上の額については言えないという事になります。

……、というような記事を4月18日に書きかけていました。ここからは本日4/23に書いています。

あれから数日経ち、何とか事故の示談は解決の方向に向っています。取り合えず予算の範囲内で何とか賄える車を柴田が見繕ってきまして、何とか相手保険会社の見積りも引っ張り、たぶん、落ち着くかな、と。

ところで、他の代理店は何をやっているんだろう、と思います。昨日も共同事務所での会議に出てきたのですが、「保有が云々」とか「何年か後までには全体数字をここまでに持って行き」とかいう話が主でした。それはそれで保険屋さんとしては真っ当なのかもしれませんが、どうも「代理店業法」に謳われるもう一つの役割である「円滑な事故解決」は大丈夫かよ、と。

なんか今日は今度持っていく車の整備で疲れたので、また明日。

2008年4月17日木曜日

裁判員制度

裁判員制度のことをよく目にします。

で、記事の内容はというと「こうしたら、行かずに済む」だの、裁判所の依頼に応じなくてもよいとされた職業の例などといった実にくだらないことばかりが取り上げられて、何でもっと他の事を言わないのだろうか、と。

一票の重み、とはよくいわれる言葉ではありますが、そうした言葉はとても軽く感じられます。そしてそれは「どうせ変わらない」という意識となり投票率の低さとなっていったように思われます。では?

選挙前には選挙のお知らせと投票所で提示する「投票カード」(?)が自宅に郵送されてきます。で、投票所でいちいち名簿を紹介して、どこの誰が投票したのかチェックを入れています。もちろん秘密投票の原則がありますから「誰が、どこに入れたのか」までは分かりませんが、それでもどこの誰が投票して、誰が投票していないというデータは、出そうと思えば出せるはずです。

投票率の低さを嘆くのならば、前回の選挙データをきちんと分析して、各地域ごと、投票所毎の投票率のデータを出し、現在の議員たちは「どこの地域の、どういった層が、大きく影響したのか」という事を明確に示すことが有効なのではないでしょうか。そうすれば、傾向と対策を練ることができる訳ですから、自らの1票の価値というものが分かってくるように思います。まずは、これがきちんとモノを言うための第一歩。

で、今回の裁判員制度です。どうも公明党の「死刑制度反対」という一連の動きの中で出てきた制度のようです。まあ、それはともかく、刑事事件だけ、というのも少々不満ではありますが、それは今後の動きに期待するとして、これは風穴を開けるための一つの手段だと思います。

例えば、クルマ屋の中だけで通用する常識と言うものがあります。保険屋の中だけで通用する概念と言うものもあります。外から見たら、え?なんで?ということも、その世界にどっぷり浸かっていると分からないことも多いものです。

例えば、保険屋でいうと、よい保険とは「手数料率がよく、保険料的にはソコソコで、しかも損害率が低い(つまり事故が無い)」という保険です。このため、利用される可能性が高い保険であればあるほど悪い保険となり、いつの間にやら発売停止となっていきます。代理店の中には、「自動車保険は、めんどくさいうえに事故が多く、保険料も毎年下がっていく。手数料率も悪い。だから、ウチは自動車はやらない。ウチは傷害保険と火災保険だけでいい。」と言い切る人もいるほどです。

例えば、クリーニング屋さんの保険とか、塗装屋さんの塗料の飛沫に関する賠償責任保険とか、携行品保険でメガネ・携帯電話・サーフボード等の破損はダメになった事例とか。自動車保険で言うと「等級プロテクト」特約というのがありました。これは通常、事故をして保険を使うと割引等級が下がるのが通例なのですが、この特約を付けることにより、事故で保険を使っても「等級が下がらない」というものでした。いい保険や特約だと思うのですが、販売停止とか、継続契約以外は新規引き受け中止とかになっていますね。もしくは社員照会案件(つまり、引き受けに際して事前申請が必要な保険ということ)だったりします。

話を元に戻すと、おそらく法曹界の方々って、転職はないと思うんですよね。まず。大学の法学部をでて、司法試験を通り、裁判官になるか、検察官の道を行くか、弁護士の道を進むか、のどれかだと思うんですよ。中にはタレントまがいの人や政治の道にいく人もいるようですけど。

そうなると、法に携わる人の感覚というのかな。殺人事件ならば被疑者の精神状態から入るみたいな。でもね。サカキバラ君もそうですけど、ああいうことをやってのけちゃった奴を信用できるのか?とかね。もちろんサカキバラ君がきちんと更正できるのが理想状態ではあるでしょうけど、被害者側の感情の処理とか、その後のサカキバラ君への世間の風なりとかは、完全に放置プレイな訳ですから、ある意味それも無責任だと思うんだけどなあ。

そういう世間の感覚をダイレクトに裁判官に伝える、伝えていくというのも大事だと思うんですけどね。広島の本村さんでしたっけ?まあ、報道されている以上のことは知らないわけですが、あれはひどい(加害者サイドの動きが)と思うのは僕だけではないと思うのですが。

そんなわけで、もっと積極的に裁判員制度を捉えましょうよ、と思うのです。

あ、そうそう。ま、死刑廃止を目指して、というのが出発点ということですが、それならそれで、無期懲役は、きちんと終身刑になるんですかね?その辺、誰か教えてください。それと、特に刑期の長い人たちには、どうせなら江戸時代の島流しってのを復活させてみちゃあ如何でしょうか、と最近思っています。

あと、頭数というか、人材の再配置ということからすれば、道路特定財源の減額分を服役者の方々に道作りをしてもらう事で補填する、というのもいいかな、と。何でも、66千人(ちなみにトヨタ自動車本体の従業員数が67000人程度)もの服役者がいるようですから、一人一日一万円の支給金額とすれば、それだけで一日66千万円も税金が浮くじゃないの。

2008年4月13日日曜日

車掃除

さて、昨日は予告どおりベンツ君を磨きました。急いでやったつもりもありませんが、ボンネットのポリマー施工まで終わってしまいました。

で、やっている最中に気になったこと。

やっぱり隅っこの方には水垢もそうですが、ワックスのカスと一緒になった汚れがこびりついています。今日はそれの除去をしていきたいと思います。それとレンズ掃除まで手が回ればな、というところですね。

昨日一日作業をしていて気がついたのは、以前、ボディ磨きに自分の車を出したときの、あの落胆の理由が分かったこと。

コーティングに出して戻ってきた時、あちこちコーティングの粉が隅っこにたまっていたり、スクラッチ傷がまったくそのままだったり、隅っこの汚れはまったく取れていなかったり。なんかボディ表面だけきれいになっているだけで、そのほかの細かい所はそのままだったので、かえってチグハグな感じで、期待外れな感じを抱いたのをおぼえています。

出す側としては「車をキレイにしてもらう」位の意識しかありませんから、単純にキレイになって車が戻ってくるだろう、という意識しかないのですが、作業者からすると「コーティング」もしくは「再コーティング」の依頼を受けているだけですので、それ以上に手を出そうとはしないのですね。しかも作業時間として1週間も貸しておいてくれる人はそうはいませんし、仮に、貸してくれてあったとしても、それに見合ったお金が取れるか?という事になってしまいます。

まず作業時間ですが、コーティング作業で車を出す場合、新車への施工で、持ち込んだ日を含めて、せいぜい3日がいいところです。工程としては

1、水洗い。

2、鉄粉その他のゴミ取り

3、コンパウンドによる磨き(コーティングのための下地作り)

4、コーティング作業

5、磨き

6、再コート(コーティング作業の再施工)

7、磨き

こんな感じです。この上、各部の細かい掃除を、となれば、それは手が回るはずがありませんわな。

新車ならば、何もしなくてもそのままできれいなのですが、中古車ともなると、あちこち隅っこに汚れがたまっているので、まずはこれをきれいにしておきたいところではあります。ところが、中古車の方が納期をせっつかれる場合が多いのでなんかババちいまま納車になてしまうことが多いのも事実。

さて、そろそろ今日の作業に取り掛かりたいと思いますので、今日のこの話題はこの辺で。

2008年4月12日土曜日

ベンツのお掃除

随分前にやろうと思っていながらやらなかったこと。それはベンツの磨きです。ベンツを買ったのはもう2年半ほど前になりますが、水洗いをすることはあっても、磨いたりワックスをかけたことはありませんでした。

なぜって、ベンツは日本車ほど外観の経年劣化ということを気にする仕上げではないからです。このため今まで外観を整えるということについて、イマイチ乗り気になりませんでした。

そっけない仕上げ、という事で一番分かりやすい所は黒いプラの部品の所。日本車などは、よほどの廉価グレードでもない限り、目に付く全ての部品に塗装を載せていますので、あまり気にならないのですが、自分のベンツ(W202/C200)の場合、アバンギャルドではないためドアハンドルやバンパーの上部などにメッキパーツが奢られる訳でもなく、ドアハンドルなどは黒いプラの剥き出しです。Bピラーもプラパーツのカバーが載っているだけ、という寂しさ。

今回その気になったのは、もう少し光ってくれれば愛情も増すだろう、という理由。まず手始めに外装から、というわけです。そんなわけで、ぼちぼちと今日はCピラーとトランクフードに手をつけてみました。

まずは水洗いからです。細かい所は歯ブラシ(義歯用の毛の軟らかいもの)に石鹸をつけてコシコシと傷をつけぬようにコスってやります。普段はめんどくさがって手をつけないようなところを重点的にやりました。エンブレム類の周りとナンバー灯とナンバープレートの間の隙間などですね。出来ればナンバーも外してやりたい所ではありますが、まあ、それはちょっとまずいので、今回はあきらめました。

お次は粘土です。鉄粉取りですね。まあ、あまりトランク周りは気になるほどではなかったので、ソコソコに。もちろん十分に水を流してやりながら作業をします。傷をつけてしまっては元も子もありませんから。その後、一旦は十分に水気を拭ってあげます。

そしてメインイベントのコンパウンドがけです。このときのために実はポリッシャーまで持っているのです。気をつけなければいけないのは、あまり熱心に一箇所だけやると塗膜を剥いでしまいかねない所。ただ、あまり力を掛けずにやるとまったく磨けません。適度な力を掛け、適度に磨く所を移していく。さあ、どうだ。

というところで、ピカピカになりました。さすがに磨いた所はピカピカです。景色の映り込みが違います。うーん、ステキ。

ただ。磨いたことがきっかけで下地の銀の粒子の具合をじっくりと見ることになり、その不揃いな所が気になるハメに。ヤナセのPDIでもこんなところを見てるんだろうなー。(ちなみに僕の車はシュテルン車)

また、一緒に酸性雨の被害状況が、よく分かってしまいました。塗膜表面がクレーター状の窪みとなっているのですね。表面がきれいになったということもありますが、作業中は舐めるように塗膜を見つめ続けていますからね。あと前オーナーの時の事でしょうけど、表面の傷。ちょいちょいとあります。

さて、これらは見過ごすことも可能なのですが、どうするか。一つは知らん顔して次の場所に行くという選択もできますが、もう一つの選択としてペーパー研磨を試す、という方法があります。まずは#2000程度で試してみて、それでダメならもう少し落として#1500くらいまでがんばってみる。そこで取りきれなければ、それ以上はあきらめる、という事ですね。あまりがんばっても、表面の塗装を削っている、ということには変わりないわけですから、禿げさせてしまっては元も子もありません。

ただ、一つ問題なのは日中の青空ガレージでは日の光が強すぎて表面の観察がままならない、ということ。つまり、塗膜の研磨という作業は屋根が欲しくなる作業だ、という事です。うーん。どうしよう。

まあ、とりあえず、また明日考えよっと。土日の2日間あるわけだし。まずは屋根とボンネットかな。フロントフェンダーくらいまでできるといいな、と思っています。そのあとはポリマーワックスの塗布。実はこれも既に買ってあるのです。一番劣化の激しい所が終われば後はゆっくりやればいいし。

外装が一通り終わったら、その後はホイールハウス内の掃除をして、内側を黒で塗りなおしてやる予定です。

とまあ、こんな訳で、計画だけは壮大なのですが、どこまでいくのやら。

2008年4月11日金曜日

お役所の仕事ぶり

先日「集合の誤謬」という言葉を使いました。ゴメンナサイ。ここで訂正をさせていただきます。正しくは「合成の誤謬」でした。「らかす」管理人安堂さんご本人からご指摘をいただきました。謹んでお詫び申し上げますと共に、ここに訂正をさせていただきます。

ということで「合成の誤謬」つながり。ちなみに、前回は心理学の言葉としてご紹介いたしましたが、ここも誤りで正しくは経済学の言葉なのだそうです。ここで、はて?と思ったのは用法として正しい言葉の使い方をしているのか、ということですが、それはまあいじゃないですか。

あちこちで公務員批判が花盛りです。やれ横領だのサボりだの天下りだの。当然それが、そのまま本当なら「僕も混ぜて」と思うのが本音です。そんなにいいところなら。つまるところ「俺達が金払ってんだからちゃんと仕事しろよ。」とか、「税金で食わせてもらってるくせに自分達の事ばかり良いようにやってんじゃねーよ。」という事に集約されるのかな?如何ですかね?

あまり保険のほうでは官公庁というのは関わりはないのですが(せいぜい、火災保険で家屋の登記簿を取って来るくらい)、こと車に関しては官公庁と常日頃接触があります。

柴田の日常業務でもある車の販売方面に限っても、車庫証明提出は警察署。ただ、警察署のもって行く前の下調べがあります。車庫を借りている時は地主さんにサインをもらってくるのですが、何箇所かに貸している方の場合になると車庫の地番の記憶があやふやになっている場合があり、そうなってしまうと所管の土木課に行き、公図をとり地番表示を調べ上げます。

申請者欄への記入も、出来れば印鑑証明もしくは住民票(近くのサービスセンターで取得)で先にきちんと漢字や住居表示を確認しておいた方が確実です。

たまに区画整理とかで~区とか、何々町から、何とか~丁目○番○×号とかに変わっていることがあるのでこれも要注意。とくに下取の車があるときには下取車の名義変更時に「住居表示が変わったことの証明書類(これは市役所で)が必要になるので、注意が必要です。とくに3月末の自動車税の請求先認定時期になると、名義変更が間に合った、間に合わないで、後でトラブルの元になりますから事を確実にしておかなくてはいけません。

で、ようやく書類も揃い、車庫証明も下りて書類を陸運局に持っていく段になります。後は無事に車検証が交付されることを願うのみですね。

まあ、以上のような段取りな訳ですが、ここで気がついたこと。結局官公庁がボトルネックになっているのですね。こちらがいくらスムーズな書類処理を図っていたとしてもお役所で足踏みをすることが多い訳です。

例えば車庫証明にしても、いくらこちらが気をつけて書類を作っていても、果たして本当に実地を見に来ているのかは疑問です。だってウチに来たの見たことないもん。

もうクルマ屋を16年ほどやっていますが、その中でチェックされたのは1回のみ。まあ、それだけしっかり書類を書いているということでもあるのでしょうが、何であれだけの事で提出日を含めて4日もかかるのか?

しかも、乗用車なら、ここ浜松では2700円を車庫証明費用として(ステッカー代を含む)払っているのですが、なぜか同じことをやるはずの軽自動車の車庫証明では費用は500円のみ。何で?

お役所ではその殆どがHPを持っています。

国税局でも同様、HP内に確定申告書作成コーナーがあり、そこでの書類作成を推奨しています。だって、そこで作ってもらってあれば、とりあえず字はきれいに印刷されてくるし、少なくとも計算間違いはないだろうし。しかも作ってもらってあれば、作成指導の手間も要らない。

つまり、自分達の手間を省くというか、仕事をやりやすいような方策の整備にはとても熱心なわけです。近頃は「e-TAX」という名前で、紙ベースじゃなくてデータ送信で申告を済ませてくださいなんていってくる始末です。そうしてくれたら5000円、税金を免除してあげる、なんていう誘導も。

そのほうが申告書をいちいちめくらなくてもいいでしょうし、何より保管場所に困らない。おそらく紙ベースだと個々の申告書の紙の品質差もあるでしょうし、印刷品質の差や、印字の状態の差もあるでしょう。自分のようにインクジェットのカラー印刷したものよりもレーザープリンターのカラーで印刷してある方が、より見やすくチェックもし易いでしょうしね。

何が言いたいのかというと、彼ら公務員も「お仕事」としてやっているだけなんだろうな、という事。そして、自分達の仕事がやりやすいようにしているだけで、利用する側の視点が抜けていることが問題なんだろうな、という事。で、その仕事具合を総合的にコントロールする仕組みがないことが問題なのかな?

車の登録に関することにしても、あれだけアチコチ行かなくちゃいけないのは、本来なら官庁同士、横のつながりがLAN回線なんかで内容照会が出来ればそれだけで終わるはずが、それが無く、あくまで紙ベースの確認でやっている、というのが問題な訳で。

だって、結局は、陸運局に持っていく書類たちは「お役所の人」にチェックしていただくためのお膳立てであって、その後、あれだけ苦労して揃えた書類たちってどうしてるの?ってのはものすごく疑問。全部保管している訳はないでしょう。一部、車の登録も電子申告が始まってはいますが、あれは新車だけで、中古車の名義変更はいまだ許可されていないしね。

一部のブラジル人たちが名義変更することもなく、ナンバーも勝手に付け替えたり、車検もただ通ればいいや、とか、自動車税も車検の時まで払わなかったり、払えなくなったらいつの間にやらどっかに行っちゃったり、というのは、行政としては脅威なんでしょうね。逆に、今までの日本人達のなんと従順なことよ、とか思っちゃうわけですけど。

お役所が住民をいじめるのは簡単なんですけど、住民が役所を困らせるという、逆の手段はないものですかね。困らないからこそ、同じ事をそのまま続けているということもあるでしょうし。役所の担当者は一人の裁量でやっていることもあるでしょうけど、逆に住民がお役所に物申す時はある程度数をまとめなければいけないというのも、なんかフェアじゃないな、という気も。まあ、それでも暖簾に腕押しという事もママあるようですけど。

2008年4月10日木曜日

中古車のここが気になる。

中古車に初めて乗った時に、いつも気になることがあります。それはハンドル。まあハンドルに限ったことではないのですが。

実は、というほどでもありませんが、柴田は多汗症というものらしく、手に汗をかく体質です。昔からこれはとても気になっていて、とくに緊張する時とか手に汗をかくのが顕著でした。なので、困ったのはテストの時とかでしたね。答案用紙がヘロヘロになるんですよ。もちろん手の汗を吸っての事ですが。

そんなこともあり、手に触れるものには昔から少々神経質でした。という事で、中古車の話に戻るのですが、皆さん気にならないのかな?あの、ハンドルのドロドロ感。もちろん新車を売っていた時分にはまったく気になるはずもないのですが、気になるのは中古車や点検の時なんかに借りてくる時のハンドルのさわり心地。これはウレタンハンドルでも皮ハンドルでも変わりはないのですが、結構汚れているのですよね。でもそれを気にして洗っている人なんか見たことない。

昔、トヨペットでも売っていた車で、アバロンという車がありました。3リットルのV6エンジンを積んだFF車です。ご存知の方もあるでしょうが、この車はアメリカで作って日本に逆輸入していた車でした。

で、話はその車の納車準備をしていた時の事に遡るのですが、そのとき、日本車では目にしたことの無い箇所のビニールカバーが目に留まりました。どこにビニールカバーが施してあったか?それはハンドルです。ハンドルの周囲にグルグルとこれでもかというくらいにビニールが巻きつけられていたのです。そのときには、「アメリカ人というものは潔癖症なのかな」くらいにしか考えていなかったのですが、よくよく考えてみれば、手のひらというものは、ものすごく汚いといえば汚い。他人の車の室内となれば、その人の生活臭というか、室内の延長ですから、それがそのままとなります。更にそのハンドルとなれば、一番触れる場所ですから、考えようによっては一番汚れている所です。

というわけで、気になったらやるしかありません。まずは手始めにヴィッツです。とくにこの車はハンドルが淡いグレー色で成型されているので、その表面のシボ加工には黒い手垢があちこちに染み付いています。また、涙腺から出たであろう尿素の、日光の焼きつきが原因と思われる黄変してしまっている部分も気になります。

で30分後。キレイになりました。淡黄色に焼けてしまっている所はまあ、仕方ないとしてその他の黒ずみはきれいになりました。勢いあまって、シフトレバーもきれいにしました。で、掃除が終わったあと、ハンドルを素手で触ってみると。あの変にヌメッとした感触はなくなり、いつか触ったことのある、新品のハンドルの感触が脳裏によみがえってきました。ああ、これこれ。

と、まあこんな訳でしばらくは退屈しないで済みそうです。ついでに今日はベンツのハンドルもきれいにしました。今まで気にもしていませんでしたが、ベンツのハンドルはかなり汚れていたようです。そのとき使っていた雑巾がみるみる黒ずんでいきました。ゴールデンウイーク中は車の室内掃除をしようかな、と今は思っています。

さよなら、丸塚・三州庵

昔から麺類が好きで、とくにその中のお気に入りはお蕎麦です。

ただ、昨日は残念なことがありました。それが表題の「さようなら丸塚三州庵」につながる訳です。

丸塚三州庵へ通い始めたのは、もう15年ほど前になります。平成5年の夏ですね。当時、トヨペットの新居の営業所から宮竹の営業所へ転勤してしばらく経ったころの事です。職場付近でお気に入りのお蕎麦屋さんが無く、わざわざ湖西まで速攻で帰ったこともありましたが、やはり不便。そんなときにたまたま立ち寄った所が丸塚三州庵でした。

何がよかったかというと、まず蕎麦。きっちりと冷やしたそばのコシとても強く、蕎麦というものは飲み込んで、その喉ごしを楽しむものだ、という事が始めて理解できたお蕎麦でした。そして、つゆ。かつおだしの効いた濃厚な(浜松にしては)つゆ。そして、何より感心したのは、きちんと木の急須で蕎麦湯を持って来てくれたこと。ただ、少々値段が高めなのは気にはなりましたが。

あ、そうそう。柴田の場合は基本的に蕎麦屋に行くと、ざるというか盛りというか、それしか頼みません。ご飯つきを頼むのは腹持ちをよくするためで、基本的には蕎麦をすすりたくて行きます。このため昨日のように「ヒレかつザルそば大盛り」なんてものを頼んでも手始めにはザル。まずは蕎麦をすすります。途中にご飯をはさんだりしません。蕎麦を食べちゃってから、腹持ちをよくするためにご飯モノ。冬だろうが夏だろうがとにかくザルです。蕎麦がすすりたいのです。

そんなこんなで、三州庵が好きになり、それからというものは月に2回ぐらいは通うようになりました。結構繁盛している店みたいですし、普段は無口なので、お店の人と会話をすることも無く、とにかく行って食べてくるだけでしたが、徐々に「あれ?」と思うことが多くなってきました。

その1.蕎麦湯が出てこないときがある。

残ったつゆに蕎麦湯を入れて飲むのが一つの楽しみなのに、出てこないことがママありました。忙しいのは分からなくもないのですが、自分以外の人には蕎麦湯が出ていて、自分の所にこないのは面白くありません。それも出るときもあれば、出ないときもあるというバラバラさ。何度か呼び出しボタンで人を呼び、蕎麦湯をください、と頼んだこともありましたが、文句を言っているようで、なんだか言う方も面白くない。そんなわけで足が遠のく原因の一つに。

その2.つゆが少なくなった。

いつも頼むメニューで変わらないのは、「ザル蕎麦大盛り」という部分。で、行きはじめの頃はつゆを入れる椀の中にもあらかじめつゆが入っていて、なおかつ、つゆの入っているお代わりの容器の中にもお代わりのつゆがいっぱい入っている、という状態。こうしないと、はじめに蕎麦だけ食べてしまう自分としては、水が切れる前に蕎麦をすすりきってしまうので、つゆがシャブシャブになってしまいます。このためつゆは多めに来てくれないと、最後の方では薄いつゆで蕎麦を食べるという、なんとも情けないことになってしまうのです。その上、以前よりなんとなく、つゆそのものも旨くなくなってきた、となればもう何をかいわんや、です。

その3.蕎麦そのものがおいしくない

極めつけはこれ。時期的なこともあるのでしょうが、妙に蕎麦がおいしくない時がある。茹ですぎ?打ち方がまずい?粉をケチってる?とくに昨日はボソボソだった上にコシもなく、あろうことかうどんの麺の切れ端まで入っていました。ダメだこりゃ。ここまで落ちたか、と思いました。もちろん、経営上茹で鍋を2つも使いっぱなしでは効率が悪いのは分かりますが、いくらなんでもねえ。蕎麦屋でしょ?うどんもやってるのは知っていますが。少なくても、茹でざるのつかい回しはやめようよ。あからさまに分かるレベルで気が回らないのはちょっとひどすぎる。

とまあ、こんな訳で、心の中で丸塚の三州庵にはお別れを告げました。さようなら。もう二度と行きません。

いつも見かけた給仕のおばちゃんも昨日は見かけませんでした。奥さんと呼ばれていた人も昨日は見かけませんでした。という事は代替わりか?2代目への代替わりというのはどこでも頭を痛める話題でありましょうが、ここは失敗でしたね。お客はそんなに馬鹿じゃないと思うし。

おそらく今はお店の負債は無いだろうけど、落ちた客足を回復するため、とか言う理由でお店を改装する、なんてことを始めたときがピンチだろうな。また、その改装費を払うために何かが犠牲になる訳だし。

さて、今日はどこのお蕎麦屋さんに行こうか?

2008年4月6日日曜日

再開です。

昔から思っていたことに、中世以降、幕府とかの治世は3代目将軍くらいの時期が黄金期なのかな、と思っていました。例えば鎌倉時代なら執権・北条泰時、室町幕府なら足利義満、江戸時代なら徳川家光。で、それ以降爛熟期が続き、次第に下降線を辿っていく。下降線が分かるのが78代目以降なのかな、と。後は時代の趨勢やそのときの事情によって寿命の長短はあるにせよ次世代政権に移り変わる、という大まかな流れなのかな、と。

で、この3代目の時期というか年数は、という事になるのですが、だいたい創業30年から50年くらいにあたるのかな、と思っています。

ちなみに北条泰時の3代目執権就任は、鎌倉幕府創業1185年(ここでは、頼朝の将軍就任時ではなく、全国への守護地頭の設置時を創業としています)より数えて39年目1224年です。
足利義満の3代目将軍就任は1368年。建武式目制定の1336年から数えて32年目にあたります。以降、1394年が、在位期間。創業より58年目までですね。
江戸時代になると1600年、関が原合戦を創業とすると家光の就任は1623年、23年目。もしくは秀忠の死去を実質の将軍就任とすれば1632年で32年目となります。以降1651年までが家光の治世になりますから51年目までという事になります。

で、何が言いたいのか、というと。つまるところは現代の政治機構の話な訳です。基本的には今の政治機構というのは明治時代に形作られ、紆余曲折はあるにせよ現代に至る、という流れなのかなと思っているわけですが、(あ、今日の記事全体に言えることですが、この辺も、あくまでも柴田解釈というか思い込みなのであまり突っ込まないでください)そうすると明治時代45年、大正時代15年、昭和時代64年。

昭和20年、1945年を一つの区切りとすると、ここまでで80年。昭和20年を再出発として現在平成20年ですから現在63年目。明治時代から数えて143年目。江戸時代でいえば吉宗の治世くらいの時期です。

吉宗の「享保の改革」は当時としては一応の成功を見た、という事にされてはいますが、でも実のところ大した成果が上がっていないようにも思います。ま、せいぜい現体制の延命に一役買ったぐらいではないのかな、というのが個人的な感想。

もうね。政体というのか組織というか。そういう体制としては時期的に旬を過ぎてしまっているように思うのです。持ち回りで虚ろっていくだけの首長と実態の在るのか無いのかよく分からない持ち回りの権力。選挙という名の「通過儀礼」と主義主張(というかポリシー←節操という意味も含めて)の見えない圧力団体という名の目に見えない現状維持への圧力。では一体誰が、どういう層の票が投票結果に影響を与え、声になっているのかな?

安堂さんの「らかす」中に「集団の誤謬」(でしたっけ?)という心理学の言葉が出ていました。個人的に、この言葉というか考えには、ものすごく頷ずけています。たしかに、公務員個人個人として、部門毎の考えとしては良かれ、と思ってやっているのかもしれない。ただ、全体の方向としてあれ?という方向に向いている。で、それをコントロールする術や体制が非常に拙い。もうね。パッチワークじゃダメだと思うんですよ。あっちを立てればこちらが立たずで、あんまりコンピューターには詳しくないので適当な表現かどうかは分かりませんが、フローチャートへの書き足しや枝分かれが多すぎ、制御項が多すぎて、全体がフリーズしかかっている。

民間企業の大組織なら、それは倒産の憂き目にあったり解雇されたりという道を辿り自業自得、という事になるのでしょうが、お国という組織はなぜか大嘘をついてもいい事になっているようで。

「根太は腐り、屋根は落ち、建物が崩壊しかかっている」とは、司馬遼太郎が「竜馬がゆく」の中、大政奉還の説得の場面で永井主水正に対し江戸幕府の現状を評した喩えです。それに対し永井主水正は「いや、補強する方法はある」と言っていますが、それは今風に言えば「外資を当てにして」治安維持をし、秩序回復を図る、という事ですが、その見返りに自国の植民地化を認める、ということでもありました。果たして何時の時代のお話なのか、ちょっと戸惑ってしまうくらいです。

さっさと建て替えを考えるか、組織としてウソをつけない仕組み作りから創めるか。さてさて。