本屋さんに寄ったら「農協」について書かれた本が目に付きました。まあ、あれだけ山積みにしていれば目に付かない方がおかしいくらいに置いてあったのですが。
個人的な思いだけで言うと農協という団体は大嫌いです。
もちろん柴田の住む村櫛なんて所は「ド」が付くほど田舎ですから、ウチのおじいさんは専業農家でしたし農協の出資者でした。オヤジも途中白菜の値が暴落した時を境にタクシーの運転手に転向しましたが、70過ぎのオヤジの年代では珍しく高校を出ています。それも農業高校です。もちろん今は定年退職をしていますから、いつもは畑でモソモソいつも何かしらを作っています。つまりは柴田家は農協の組合員の家系(それほど大げさでもないけど)な訳です。でも個人的には農協とは関わりたくない、という思いが強くあります。
農協も、確かにその当初の設立目的からすれば、意義のあるものだったと思います。農地解放により小作農が大量に誕生したはずですから、組合員の生活支援組織として営農指導や農機具の共同購買であったり、農業経営上での資金の融通(収穫期に返済時期を設定する融資等)であったり、生産物の共同出荷など、様々な便宜を図ることが出来たことと思います。
ところが現在、というよりも随分前から農協の存在意義そのものが揺らいでいたはずです。第一に農業人口の極端な減少と高齢化です。根幹を成すべき組合員の後継者もおらず、組合員の兼業化が進み、でもなおかつ組織だけは巨大です。
現浜松市の「とぴあ浜松」だけで職員数が1,478名(平成19年度現在)なのだとか。では、正規の利用者たる正組合員の数は?というと24,693名。農家ではない農協利用者(准組合員)が47,040人なんだそうです(2008版とぴあ浜松ミニディスクロージャー誌より)。
ということは正規(と言っても幽霊組合員もあるらしい)組合員16.7人に対して職員1人。また組合員総数(71733人)のうち正規の組合員の占める率が35%足らずというわけです。共済利用者の軒数とかの資料はありませんでしたが、確か共済そのものの規定として、共済利用者の人数は組合員が50%以上を占めること、という規定があったはずですが?また支店数は40数店舗もあるあたり、郵便局並みだよなあ。
今、柴田が所属している保険事務所は簡易郵便局の権利を取り、開局準備を進めています。事務所の社長の思惑からすれば「簡保」が扱えるようになる、ということなのですが、この郵便局開設の経緯には農協が関係しています。
今まで何店舗か農協が簡易郵便局を併設していたのだそうです。ところが、郵政民営化に伴ってゆうちょ銀行が郵政省から金融庁管轄に遷った、という流れがあります。ところがここで問題が起きたのです。というのは、金融庁管轄になると、もちろんお金の管理手法や営業手法などが、民間の金融機関と同等レベルのセキュリティやクオリティが求められるようになります(同じ金融業でダブルスタンダードというのも変な話なんですが)。
ところが今まで郵政省や農林水産省管轄の、いわばヌルいレベルでやってきた農協職員は、金融庁管轄(つまりは普通の金融機関レベル)での業務管理をされてしまうと、その業務体制に対応できなくなってしまったのだとか。このため、とてもこんな業務管理レベルではやっていけない、ということで簡易局業務を停止する農協支所が多数出てきたのだそうです。あんたら今まで金融機関を気取ってきたんじゃないのか?と思わず突っ込みたくなるのですが、それは置いておいて。
あ、ご飯ですよーとお呼びがかかったので、今日はこのくらいに。
2009年2月18日水曜日
2009年2月17日火曜日
被害者の立場
交通事故で被害者の立場になるのはおもしろいことではありません。
先ず第一に、止まっているときに当てられたとか、対向車線をはみ出してきた対向車と接触したなどといった「どうやったら避けられるんだ」という状況でない限り、ほぼ確実に過失割合上、相手方が完全に100%悪いという決着とならないこと。ほぼ全ての事故に関して、基本的には被害者の側にも20%の過失が認定されてしまっているのが現実です。
曰く「交差点は基本的に徐行運転義務がある。また、仮に相手側が一旦停止義務があったとしても、それでも車が来るかもしれないと危険を予知しつつ運行しなければけない」ということなのですが、それはそれとして、どうも納得がいっていません。個人的には一旦停止無視などは「アンタ勝手にこっちの通行を邪魔しておいて、それでこっちにも2割の過失があるたあ、どういうわけだ?!」と思っています。はい。
第二に面白くないのは、過失割合が出ているということは、相手側の損傷をこちらで多少は見なくてはいけない、ということです。つまりは勝手に突っ込まれた状況だとしても、相手車の修理費の2割は請求書が自動的に届く訳です。ほとんどの場合、この過失分は保険を使って対処をすることになりますが、それはそれで保険等級(割引等級)が翌年3等級落ちるわけですから、これも面白くありません。
代理店(僕以外の人)の人にいわせれば「2割は道路上で自動車を運転する上での基本責任分。逆の立場にあったら、こちらは加害者側であっても2割分の請求はするんですよ。」と言われると納得出来るような出来ないような感じです。
これは余分な話になりますが、自身が加害者の当事者(今回のような一旦停止無視とか、余所見による接触)であった場合、自身には弁解の余地はない、と思っているので、自分自身の事故処理ではそういう姿勢でいきます。
相手の言い分は極力聞き入れ、基本8:2であっても極力こちらの過失按分を認めていき、例えば9:0とか9.5:0とかの保険会社の認めるレベルでの過失按分で妥結します。そして、足の出てしまった相手修理車の修理費を修理工場に直接持ち込むことで10%とか5%だけ値引きしてもらうのです。
基本的に、保険修理は、特に部品などは定価で保険会社に請求します。工賃に関しても以前書いた時間工賃のレートが高すぎなければ、マアマアそれで通ります。それでもディーラー工賃レートと修理工場直のレートの違いはあるようですが。
特に「ディーラー経由修理工場ゆき」修理の場合は無条件で最低3割工賃がカット(つまり修理工場の手間賃の内3割がディーラーの取り分として上前をはねられる)されます。部品なんかもディーラーから買えとかね。ディーラーによっては3割どころか4割抜くところもあるようです。つまりは、仕事を出してんだからその分寺銭(場所代)よこせ、ということ。売上的には、ただ受けるだけ(見積は作るにせよ)で数十万円になることは珍しくありませんし、利益率が部品台2割、工賃3割としてもザラで3割弱は見込めるわけですから自身は手を汚さずにそこそこの数字になる仕事です。
ということで何が言いたいかというと、鈑金仕事はそれだけ利益を出している仕事なので、1割程度の値引きになら応じないはずがない、ということです。もちろん鈑金工場直ならば、喜んでそれに応じてくれるでしょう。
但し、この示談をしようとするときには、被害車輌の修理をこちら側で行うことを相手側に了承してもらわないといけません。まあ、普通にいったらなかなか難しいことではありますので、いつでもこれができるという訳ではないんですけどね。
第3に面白くないのは、自身の車の修理費に関してです。車両保険に加入されていない人は、ここでまた一悶着あります。
こちらの過失分2割を自分の対物保険で支払うならば、同時に自分の車を直すのに車両保険を使っても翌年度の割引等級ダウンは変わりありません。同じ3等級ダウンで痛みは同じです。ただ、車両保険に入っていない人はここでまた自分の車の修理費の2割分を自弁しなくてはいけません。
ここで先ほどのように修理工場に直接持ち込むのならば「なるべく修理見積を膨らませておいて、実際の請求は中古パーツなどを使って極力抑える」などということもしますし、見積上の額面の2割程度の金額ならば吸収しきれないこともないでしょう。ですが、仕事のシステムをきっちり組み上げすぎているディーラーなどは杓子定規にやってきてくれる(というか、そういうことをすると自社の利益率が下がるので、そういうことをやらなくなってきている)ので、どうにも融通が利かない場合が多いのが困るところです。
こちらとすれば被害者側の経済的損失が極力出ないことを最優先に考えるのですが、修理を受けたディーラーとしてはあくまで「修理依頼を受け付けた」だけですからねえ。
それともうひとつ。最近のディーラーは代車を持っていません。
例えば車検なんかでも「1日で車検が終わります」とか「45分車検」とか言っているのは「代車を用意しなくてもいい(代車を用意する場合はレンタカー代が加算)」「引き取り納車にかかる時間と人手が省略できる」「引き取りに行く時間が省略できれば、その分他の作業をこなせる」「専任の車検チームを組んでおけばいいので、その分こなせる作業量が増え、来店型なので時間のロスが少なく、事前に予定が組みやすい」など、確かにディーラー側にとってはメリットはいっぱいあるように思えます。
このため、仮に鈑金修理であっても代車の用意はありません。あったとすれば、それは傘下の鈑金工場に供出させた代車です。「仕事を出すから、代車をよこせ」ということですね。
またちょっと話がずれます。保険契約に「代車特約」というものがあります。個人的には極力、この特約をつけてもらうようにしています。単純に言えば修理期間中の代車代をこれで補填するということなのですが、ただ、これを杓子定規にレンタカー代に遣ってしまうことには、あまり賛同しません。
特に年式の古いクルマが被害車輌であった場合、年式による時価が大きく問題になることがあります。つまりは「時価全損」ということを言われると車両保険で出てくる金額では修理が出来ない、次のクルマに移行するのに10万20万という単位で追い金が発生するケースが稀ではありません。それこそ「アンタが来なければ、うちの車は元気に今でも走ってくれていた」のに、なぜか強制的に車を換える羽目になり、追い金までふんだくられる、というわけです。
こういったケースの場合、この代車特約から見込める金額をプールしておき、次の車の代金の一部として充当する、もしくは修理金額の一部としてプールしておく、という手もありうるわけです。
話を戻します。このために、修理金額だけに留まらず修理期間中の代車まで要求されることもありうるわけです。自分なら面白くないことだらけです。
だから揉めるのです。
揉めるという事は、それでは納得できないということでしょう?では誰が納得できないのか、といえばほとんどの場合は被害者側だと思います。
自動車保険は基本的には賠償責任保険と傷害保険、それと自身の車両修理費用の保険をセットにした商品です。今現在では対人保険・対物保険の保障金額はほぼ「無制限」がデフォルトになりつつあります。賠償金額は無制限な訳ですから、加害者側であれば実際には「ごめんなさい」とひたすら謝っていれば(言葉は悪いですが)あとは保険会社側にお任せコースでいいような状態です。あとは現状復帰にかかる金額の算定が本当にそれだけでいいのか?という問題でしょう。
損保の代理店という立場だけであるならば「事故ってそういうもん」というスタンスでいいのでしょうけど、僕は「クルマ生活の支援者」という立ち位置がその出身です。「事故による保険会社からの支払い金額でどのようにして現状復帰させるか」ということが主目的なのです。で、こういう目でいると、やはり「不十分じゃないの?」と思わざるを得ません。
この辺が保険会社に対する不信の根っこであるような気がするのですが、どんなもんでしょう?
それが、どうせ払うのなら「安い保険料の保険へ」という流れになっているような気がしています。ただ現実には「保険料を取られるだけの保険」に契約者が流れているだけのような気がしていて、結局は通販系やカタカナ系損保の手のひらの上で踊らされているようにしか思えないんですけどね。
通販系で受け付けている「30歳以上、ゴールド免許、割引等級16等級以上」等といった契約者は一般の損保にとっても「ドル箱のお客さん(事故をする確率が通常低く、このため保険料が丸々収入となる確率も高い)」であるはずですから、なんとしても契約者の流出を抑えたいという保険会社の気持ちも分からなくもありません。それが「早期の満期契約の更改率」や「キャッシュレス(保険料の口座引落し率を上げて、お金は後で、契約は先に、とする)」ということを代理店に躾けていく施策の本音でしょう。でもそれは、契約者の本音ではない気がしています。
それよりも「事故のときに決して悔しい思いをしなくともいい」保険体系を考えても良いんではないでしょうかねえ。会社が大きそうだから大丈夫そうだとか、電話受付が印象が良かったから、という程度で左右されるのが本質的な選択ではないでしょう?
先ず第一に、止まっているときに当てられたとか、対向車線をはみ出してきた対向車と接触したなどといった「どうやったら避けられるんだ」という状況でない限り、ほぼ確実に過失割合上、相手方が完全に100%悪いという決着とならないこと。ほぼ全ての事故に関して、基本的には被害者の側にも20%の過失が認定されてしまっているのが現実です。
曰く「交差点は基本的に徐行運転義務がある。また、仮に相手側が一旦停止義務があったとしても、それでも車が来るかもしれないと危険を予知しつつ運行しなければけない」ということなのですが、それはそれとして、どうも納得がいっていません。個人的には一旦停止無視などは「アンタ勝手にこっちの通行を邪魔しておいて、それでこっちにも2割の過失があるたあ、どういうわけだ?!」と思っています。はい。
第二に面白くないのは、過失割合が出ているということは、相手側の損傷をこちらで多少は見なくてはいけない、ということです。つまりは勝手に突っ込まれた状況だとしても、相手車の修理費の2割は請求書が自動的に届く訳です。ほとんどの場合、この過失分は保険を使って対処をすることになりますが、それはそれで保険等級(割引等級)が翌年3等級落ちるわけですから、これも面白くありません。
代理店(僕以外の人)の人にいわせれば「2割は道路上で自動車を運転する上での基本責任分。逆の立場にあったら、こちらは加害者側であっても2割分の請求はするんですよ。」と言われると納得出来るような出来ないような感じです。
これは余分な話になりますが、自身が加害者の当事者(今回のような一旦停止無視とか、余所見による接触)であった場合、自身には弁解の余地はない、と思っているので、自分自身の事故処理ではそういう姿勢でいきます。
相手の言い分は極力聞き入れ、基本8:2であっても極力こちらの過失按分を認めていき、例えば9:0とか9.5:0とかの保険会社の認めるレベルでの過失按分で妥結します。そして、足の出てしまった相手修理車の修理費を修理工場に直接持ち込むことで10%とか5%だけ値引きしてもらうのです。
基本的に、保険修理は、特に部品などは定価で保険会社に請求します。工賃に関しても以前書いた時間工賃のレートが高すぎなければ、マアマアそれで通ります。それでもディーラー工賃レートと修理工場直のレートの違いはあるようですが。
特に「ディーラー経由修理工場ゆき」修理の場合は無条件で最低3割工賃がカット(つまり修理工場の手間賃の内3割がディーラーの取り分として上前をはねられる)されます。部品なんかもディーラーから買えとかね。ディーラーによっては3割どころか4割抜くところもあるようです。つまりは、仕事を出してんだからその分寺銭(場所代)よこせ、ということ。売上的には、ただ受けるだけ(見積は作るにせよ)で数十万円になることは珍しくありませんし、利益率が部品台2割、工賃3割としてもザラで3割弱は見込めるわけですから自身は手を汚さずにそこそこの数字になる仕事です。
ということで何が言いたいかというと、鈑金仕事はそれだけ利益を出している仕事なので、1割程度の値引きになら応じないはずがない、ということです。もちろん鈑金工場直ならば、喜んでそれに応じてくれるでしょう。
但し、この示談をしようとするときには、被害車輌の修理をこちら側で行うことを相手側に了承してもらわないといけません。まあ、普通にいったらなかなか難しいことではありますので、いつでもこれができるという訳ではないんですけどね。
第3に面白くないのは、自身の車の修理費に関してです。車両保険に加入されていない人は、ここでまた一悶着あります。
こちらの過失分2割を自分の対物保険で支払うならば、同時に自分の車を直すのに車両保険を使っても翌年度の割引等級ダウンは変わりありません。同じ3等級ダウンで痛みは同じです。ただ、車両保険に入っていない人はここでまた自分の車の修理費の2割分を自弁しなくてはいけません。
ここで先ほどのように修理工場に直接持ち込むのならば「なるべく修理見積を膨らませておいて、実際の請求は中古パーツなどを使って極力抑える」などということもしますし、見積上の額面の2割程度の金額ならば吸収しきれないこともないでしょう。ですが、仕事のシステムをきっちり組み上げすぎているディーラーなどは杓子定規にやってきてくれる(というか、そういうことをすると自社の利益率が下がるので、そういうことをやらなくなってきている)ので、どうにも融通が利かない場合が多いのが困るところです。
こちらとすれば被害者側の経済的損失が極力出ないことを最優先に考えるのですが、修理を受けたディーラーとしてはあくまで「修理依頼を受け付けた」だけですからねえ。
それともうひとつ。最近のディーラーは代車を持っていません。
例えば車検なんかでも「1日で車検が終わります」とか「45分車検」とか言っているのは「代車を用意しなくてもいい(代車を用意する場合はレンタカー代が加算)」「引き取り納車にかかる時間と人手が省略できる」「引き取りに行く時間が省略できれば、その分他の作業をこなせる」「専任の車検チームを組んでおけばいいので、その分こなせる作業量が増え、来店型なので時間のロスが少なく、事前に予定が組みやすい」など、確かにディーラー側にとってはメリットはいっぱいあるように思えます。
このため、仮に鈑金修理であっても代車の用意はありません。あったとすれば、それは傘下の鈑金工場に供出させた代車です。「仕事を出すから、代車をよこせ」ということですね。
またちょっと話がずれます。保険契約に「代車特約」というものがあります。個人的には極力、この特約をつけてもらうようにしています。単純に言えば修理期間中の代車代をこれで補填するということなのですが、ただ、これを杓子定規にレンタカー代に遣ってしまうことには、あまり賛同しません。
特に年式の古いクルマが被害車輌であった場合、年式による時価が大きく問題になることがあります。つまりは「時価全損」ということを言われると車両保険で出てくる金額では修理が出来ない、次のクルマに移行するのに10万20万という単位で追い金が発生するケースが稀ではありません。それこそ「アンタが来なければ、うちの車は元気に今でも走ってくれていた」のに、なぜか強制的に車を換える羽目になり、追い金までふんだくられる、というわけです。
こういったケースの場合、この代車特約から見込める金額をプールしておき、次の車の代金の一部として充当する、もしくは修理金額の一部としてプールしておく、という手もありうるわけです。
話を戻します。このために、修理金額だけに留まらず修理期間中の代車まで要求されることもありうるわけです。自分なら面白くないことだらけです。
だから揉めるのです。
揉めるという事は、それでは納得できないということでしょう?では誰が納得できないのか、といえばほとんどの場合は被害者側だと思います。
自動車保険は基本的には賠償責任保険と傷害保険、それと自身の車両修理費用の保険をセットにした商品です。今現在では対人保険・対物保険の保障金額はほぼ「無制限」がデフォルトになりつつあります。賠償金額は無制限な訳ですから、加害者側であれば実際には「ごめんなさい」とひたすら謝っていれば(言葉は悪いですが)あとは保険会社側にお任せコースでいいような状態です。あとは現状復帰にかかる金額の算定が本当にそれだけでいいのか?という問題でしょう。
損保の代理店という立場だけであるならば「事故ってそういうもん」というスタンスでいいのでしょうけど、僕は「クルマ生活の支援者」という立ち位置がその出身です。「事故による保険会社からの支払い金額でどのようにして現状復帰させるか」ということが主目的なのです。で、こういう目でいると、やはり「不十分じゃないの?」と思わざるを得ません。
この辺が保険会社に対する不信の根っこであるような気がするのですが、どんなもんでしょう?
それが、どうせ払うのなら「安い保険料の保険へ」という流れになっているような気がしています。ただ現実には「保険料を取られるだけの保険」に契約者が流れているだけのような気がしていて、結局は通販系やカタカナ系損保の手のひらの上で踊らされているようにしか思えないんですけどね。
通販系で受け付けている「30歳以上、ゴールド免許、割引等級16等級以上」等といった契約者は一般の損保にとっても「ドル箱のお客さん(事故をする確率が通常低く、このため保険料が丸々収入となる確率も高い)」であるはずですから、なんとしても契約者の流出を抑えたいという保険会社の気持ちも分からなくもありません。それが「早期の満期契約の更改率」や「キャッシュレス(保険料の口座引落し率を上げて、お金は後で、契約は先に、とする)」ということを代理店に躾けていく施策の本音でしょう。でもそれは、契約者の本音ではない気がしています。
それよりも「事故のときに決して悔しい思いをしなくともいい」保険体系を考えても良いんではないでしょうかねえ。会社が大きそうだから大丈夫そうだとか、電話受付が印象が良かったから、という程度で左右されるのが本質的な選択ではないでしょう?
2009年2月16日月曜日
とても暖かい日が続いています。恒例の呉松の河津桜がもう咲いていました。
で、予想されていたことではありますが、またしても花粉の飛散量がものすごい、というニュースをやっていました。柴田自身は花粉症と言われればそうなのかなあ、という程度で、それ以前に年がら年中鼻炎なので,今に限って症状が酷いというわけでもなく、いつもなんとなくどちらかの鼻の穴は通りが悪いので口で息をするのには馴れていますから、特にこの時期だけを毛嫌いすると言うことはありません。
ところが身近に花粉症の症状のヒドイ人がいました。それはうちの兄貴。
昨日、たまたま用事があって実家に行ったところ、それはなんかのコスプレか?と言わんばかりのマスクとサングラスを装備した面妖な格好でウロウロしている人物を発見しました。花粉がヒドイということでなんとなく予想はしていましたが、そこまで重装備かい?という感じ。これでドカチンヘルメットを被って首の後ろに手ぬぐいでもヒラヒラさせた日にゃあ「何がそんなに不満だ?今日はどこにデモに行くんだ?」というところです。
ちょっと気になって今「バイク用 マスク」で検索してみたら、この手のマスクっていっぱいあるんですね。兄貴のしていたっぽいマスクもやはりあって、能書きを見て見ると「イギリス国防省でも認可された対細菌兵器用フィルターを装備した云々」とあります。うーん、そそるなあ。でも金額を見てひきました。だってマスク1つで6000円とか7000円とかするんだもの。買いません、自分なら。
そういえばかつての同僚であるアリコの人に外で会う機会がありましたが、厳重そうなマスクしていたなあ。なんか医療用とか手術用みたいな奴。あんまり街中にも行かなくなってしまったので、そうそう目にする機会があるわけでもないですが、宇宙人みたいな風貌になってしまう対花粉装備をした人もいる様です。「え?何あれ?」と思わず言っちゃいそうな人。もちろん本人も望んでそういう格好をしているわけではないでしょうが、人間が生きづらい時代なのか、それとも生き物として退化(進化?)してきているのか。
なんにせよ、今日は車を一台洗わなくてはいけないので、こうも風が強いとやりづらくて嫌だなあ。しかも寒いし。
で、予想されていたことではありますが、またしても花粉の飛散量がものすごい、というニュースをやっていました。柴田自身は花粉症と言われればそうなのかなあ、という程度で、それ以前に年がら年中鼻炎なので,今に限って症状が酷いというわけでもなく、いつもなんとなくどちらかの鼻の穴は通りが悪いので口で息をするのには馴れていますから、特にこの時期だけを毛嫌いすると言うことはありません。
ところが身近に花粉症の症状のヒドイ人がいました。それはうちの兄貴。
昨日、たまたま用事があって実家に行ったところ、それはなんかのコスプレか?と言わんばかりのマスクとサングラスを装備した面妖な格好でウロウロしている人物を発見しました。花粉がヒドイということでなんとなく予想はしていましたが、そこまで重装備かい?という感じ。これでドカチンヘルメットを被って首の後ろに手ぬぐいでもヒラヒラさせた日にゃあ「何がそんなに不満だ?今日はどこにデモに行くんだ?」というところです。
ちょっと気になって今「バイク用 マスク」で検索してみたら、この手のマスクっていっぱいあるんですね。兄貴のしていたっぽいマスクもやはりあって、能書きを見て見ると「イギリス国防省でも認可された対細菌兵器用フィルターを装備した云々」とあります。うーん、そそるなあ。でも金額を見てひきました。だってマスク1つで6000円とか7000円とかするんだもの。買いません、自分なら。
そういえばかつての同僚であるアリコの人に外で会う機会がありましたが、厳重そうなマスクしていたなあ。なんか医療用とか手術用みたいな奴。あんまり街中にも行かなくなってしまったので、そうそう目にする機会があるわけでもないですが、宇宙人みたいな風貌になってしまう対花粉装備をした人もいる様です。「え?何あれ?」と思わず言っちゃいそうな人。もちろん本人も望んでそういう格好をしているわけではないでしょうが、人間が生きづらい時代なのか、それとも生き物として退化(進化?)してきているのか。
なんにせよ、今日は車を一台洗わなくてはいけないので、こうも風が強いとやりづらくて嫌だなあ。しかも寒いし。
2009年2月15日日曜日
すれ違い
こういう仕事をしていると、わりあい「気持ちのすれ違い」という事態に遭遇します。
なんだかんだ言って、そう気の長い性質ではありませんので、回りくどい言い回しが苦手です。でも言いにくい事柄に関しては非常に饒舌です。だって言い難いんだもの。
ですので、直接お会いしてお話をさせてもらっているときなどは、わりあいストレートに思ったことを口にしてしまいます。もちろん対お客さんとの会話では極力失礼のない言い回しをしますが、遠慮会釈のない間柄での会話だとけっこうきつい(嫁さんに言わせると「口が悪い」)物言いをしています。また、なるべくわかりやすくするために、下ネタ絡みのたとえ話も満載です。さすがにここまで来ると、そうそう行き違いと言うか気持ちのすれ違いはありません。
問題なのは、物事をはっきり言わない人、主張がよくブレる人、事あるごとにいちいち小言が出てくる人などです。前の二者は何を考えているのか、真意がはっきり読めません。結局どうしたいのよ?となってしまいます。後者は、いくらこちら側が気持ちを籠めた行動をしたりアドバイスをしてあげていたとしても、返ってくる言葉が味気ないものばかりだと、段々その人に対するこちら側の気持ちが醒めてしまうので、結果的に連絡が途絶えがちになってしまいます。
別に自分も事ある毎の見返りを求めている訳ではないのですが、やはり気持ちのよいお付き合いをしたいと考えます。それは挨拶をしたら返してくれたという程度のもので構わないのです。こちらもできる限りのことをしてあげたいと思うし、その気持ちを汲んでもらえる方には、いっそうの何がしかが出来ないかと思うようになります。
トヨペット時代にあった商談風景に「オレは客なんだからもっとサービスしろ。」とか「値引きがそれっぱかであるはずがない。もっとちゃんと所長と相談してこの数字にして来い。」なんていうことをいう人がまれにありました。
もっとも、そういうこと言う人には、こちらも素直に条件を切る気にはなれませんから、こちら側から商談を打ち切ることもありましたし、はっきりと「帰れ」と言ったこともあります。いくらなんでも商売の相手として最低限の礼儀があるはずです。
似たような構図に「オレは被害者だ。こんな条件で示談が飲める訳がない。なんとかしろ。」というものがあります。まあ気持ち的に分からなくもないのですが(特に一旦停止無視時の被害者の時など)、交渉ごとである以上、いくら相手が加害者であるとはいえ条件的に折れてもらわなくてはいけないこともあります。ならば、それがいくら面白くないことであっても「心情的に折れやすい着地点に相手方を誘導する」ことも大切なことになります。
それを思うと気持ち的にも仕事としても「加害者側」であることの方が立ち回りは楽です。だって、言葉は悪いですけどひたすら「ごめんなさい」と言っておいて、譲れる所はひたすら譲っておけばいいんですから。
個人個人で性格の暗い明るい、おとなしい、賑やかなどなど人それぞれではありますが、なるべく表裏のない方々とのお付き合いが出来ていくのが理想ですねえ。
なんだかんだ言って、そう気の長い性質ではありませんので、回りくどい言い回しが苦手です。でも言いにくい事柄に関しては非常に饒舌です。だって言い難いんだもの。
ですので、直接お会いしてお話をさせてもらっているときなどは、わりあいストレートに思ったことを口にしてしまいます。もちろん対お客さんとの会話では極力失礼のない言い回しをしますが、遠慮会釈のない間柄での会話だとけっこうきつい(嫁さんに言わせると「口が悪い」)物言いをしています。また、なるべくわかりやすくするために、下ネタ絡みのたとえ話も満載です。さすがにここまで来ると、そうそう行き違いと言うか気持ちのすれ違いはありません。
問題なのは、物事をはっきり言わない人、主張がよくブレる人、事あるごとにいちいち小言が出てくる人などです。前の二者は何を考えているのか、真意がはっきり読めません。結局どうしたいのよ?となってしまいます。後者は、いくらこちら側が気持ちを籠めた行動をしたりアドバイスをしてあげていたとしても、返ってくる言葉が味気ないものばかりだと、段々その人に対するこちら側の気持ちが醒めてしまうので、結果的に連絡が途絶えがちになってしまいます。
別に自分も事ある毎の見返りを求めている訳ではないのですが、やはり気持ちのよいお付き合いをしたいと考えます。それは挨拶をしたら返してくれたという程度のもので構わないのです。こちらもできる限りのことをしてあげたいと思うし、その気持ちを汲んでもらえる方には、いっそうの何がしかが出来ないかと思うようになります。
トヨペット時代にあった商談風景に「オレは客なんだからもっとサービスしろ。」とか「値引きがそれっぱかであるはずがない。もっとちゃんと所長と相談してこの数字にして来い。」なんていうことをいう人がまれにありました。
もっとも、そういうこと言う人には、こちらも素直に条件を切る気にはなれませんから、こちら側から商談を打ち切ることもありましたし、はっきりと「帰れ」と言ったこともあります。いくらなんでも商売の相手として最低限の礼儀があるはずです。
似たような構図に「オレは被害者だ。こんな条件で示談が飲める訳がない。なんとかしろ。」というものがあります。まあ気持ち的に分からなくもないのですが(特に一旦停止無視時の被害者の時など)、交渉ごとである以上、いくら相手が加害者であるとはいえ条件的に折れてもらわなくてはいけないこともあります。ならば、それがいくら面白くないことであっても「心情的に折れやすい着地点に相手方を誘導する」ことも大切なことになります。
それを思うと気持ち的にも仕事としても「加害者側」であることの方が立ち回りは楽です。だって、言葉は悪いですけどひたすら「ごめんなさい」と言っておいて、譲れる所はひたすら譲っておけばいいんですから。
個人個人で性格の暗い明るい、おとなしい、賑やかなどなど人それぞれではありますが、なるべく表裏のない方々とのお付き合いが出来ていくのが理想ですねえ。
2009年2月13日金曜日
車検代が払えない
先日、ブラジル人から電話がかかってきました。今までの付き合いとしては自動車の任意保険だけ付き合ってもらっていた、という関係です。とはいってもそれ以上では無いので手配り版「しばた新聞」を配達するほどではないお付き合いでした。
用件は車検の依頼です。ただし、「今は仕事がない、お金ない、でも車検は受けたい、何とかならないか?つまり分割払いで車検を取って欲しい」というものです。
一ヶ月ほど前にも、このブラジル人を雇っていた派遣会社の部長から(この人もそろそろ仕事にあぶれそう)分割払いで車検を受けてやって欲しい、と依頼がありました。でもいくら「この人はいい人だから」と言われても、こっちもボランティアで仕事している訳では無いので、回収の見込みやあてのない人から仕事を受けることは出来ません。
そんなわけで、それでも何とかならんもんかと思い、先ずは県税の自動車税課に電話しました。ブラジル人にありがちな「自動車税の未納(つまり前回の車検のときから払っていない)」があると、車検の時に一括で未納分を払え、ときます。先ずはこれが払ってあることを確認しないと、それだけで8万円近く請求金額に下駄を履かされます(つまり請求総額が増える=それだけ払えなくなる確率が増える)。
結果、未納分はないということが確認できました。先ずはこれで一安心です。
お次は重量税に関して。分納が可能かどうか聞いてみたのです。今までそんなことを考えたこともないのですが、重量税と言うのは車検金額にしめるウェートが非常に大きいので、これが出来れば支払いに関するハードルが非常に低くなってきます。あ、ちなみにオートサービスシバタの車検基本金額は以下の通りです。(普通車、1.5t未満)
車検基本金額 25,000円(引き取り納車・代車代・車検代行手数料等含む、課税対象金額分)
自賠責 22,470円(24ヶ月)
重量税 37,800円
印紙代 1,800円
合計 88,320円(オイル交換などの追加整備項目は別費用)
この金額で特に輸入車・国産車の区別はしていません。代車の要らないという人もいますが、こちらとしては一人でやっているので、引き取りに行くには行きと帰りの足が必然的に欲しくなります。このため代わりの車は必ず置いて行きます(だいたいヴィッツ)。
この金額で言うと請求金額に対する重量税の比率が約43%です。大きいです。
で、問い合わせの結果。一括のみの受付で、分納はダメだとの回答でした。「うーん。それなら仕方ないので、本人には、お金を貯めてもらってから車検を取ってもらうようにしますね。最悪の事態を考えて自賠責だけ長めに入っておいてもらって。」と言った所、予想はしていましたが、「車検は必ず期日までに受けてもらうのが法律で決まっていますので......」と返ってきました。
基本的に保険料には「立替払い」という概念がありません。というか禁止されています。保険契約書類を発行し、保険料を受け取って、領収書を発行する。そして、その時点もしくは契約書に記入された期日から保険がはじまる、という流れです。厳密にこれを適用すると、特に自賠責の取り扱いに関してなんかはマズイ部分が多々ありますが、基本的にはこの流れです。ですから、立替が出来ない自賠責だけは加入しておいてもらわなければいけません。
残るは車検費用と税金です。もちろん期日までに車検を受けること、なんて当たり前の話です。ですが、自分の車ならいざ知らず、他人の車のことで回収できるか分からない、利益率がいい訳でもない(だからといって蔑ろにしているわけではありませんが)仕事で下手げにボランティアなんてやれば回収できなかったときはどうする?特に税金関係すら回収できないときはバカバカしいったらありません。
でも電話口のお姉ちゃんは「支払いのことに関しては業者さんと本人とのお話になりますから...」ときました。うーん。話が噛み合わない。
こんな訳で、何とか車検を受けさせてあげたいという労力はどうやら無駄に終わりそうです。
以前も書きましたが、車検費用の本丸である「24ヶ月定期点検」本体の金額は「12ヶ月点検」金額とさほどに差のあるものではありません。違うのは「申請時にすでに関連する諸費用が支払われていること」というところで、自賠責保険(これも税金みたいなもんだ)と自動車重量税だけで普通車の場合6万程度下駄を履かされています。
近頃では交通違反反則金(いわゆる罰金)の未納があると車検を受けられないという、どこまでが本筋でどこからが末節なのかよく分からない有様になってきています。で、車検場(陸運局)まで来てから「この人は罰金払っていないので.......」なんて言われて仕方なく無駄足にしたくない業者は関係のない反則金まで払ってあげて車検を通してくる訳です。
実際の所、税金の減免とかいいますけど、これは本来払うべきところを「値引きしてあげる」ということですよね。では、所得が低くて、払うべき税金(所得税)そのものが少ない場合、値引きされてもあんまり嬉しくない訳です。
定額給付といわれてもおそらく日々の支払いの中に紛れて消えていくばかりで、実は公共料金や電気料等のライフラインへの支払いに回ってしまうことの方が多いのではないでしょうかね。
それよりかは暴論ですが、宝くじのようにしてしまい、その代わりに1億円の当りくじ(?)を2万本にしてばら撒いた方がナンボか効果があるような気がするんですが。例えは悪いですが、生命保険の死亡保険金を受け取ったらしい(あくまでも推測)人って、急に車の買い替えが早くなりますしね。それとか「え?家建て替えるの?」とかね。実際何人かそれっぽい人があったんで。
話をまとめると、もっと税金安くしてよ、というだけなんですけどね。あれだけ税金つぎ込んだっぽい高速道路なんかも、いつの間にやら誰のものか分からない民営化されているし。とっとと無料化されていれば、荷物の運賃なんかも随分と安くなるだろうに。
用件は車検の依頼です。ただし、「今は仕事がない、お金ない、でも車検は受けたい、何とかならないか?つまり分割払いで車検を取って欲しい」というものです。
一ヶ月ほど前にも、このブラジル人を雇っていた派遣会社の部長から(この人もそろそろ仕事にあぶれそう)分割払いで車検を受けてやって欲しい、と依頼がありました。でもいくら「この人はいい人だから」と言われても、こっちもボランティアで仕事している訳では無いので、回収の見込みやあてのない人から仕事を受けることは出来ません。
そんなわけで、それでも何とかならんもんかと思い、先ずは県税の自動車税課に電話しました。ブラジル人にありがちな「自動車税の未納(つまり前回の車検のときから払っていない)」があると、車検の時に一括で未納分を払え、ときます。先ずはこれが払ってあることを確認しないと、それだけで8万円近く請求金額に下駄を履かされます(つまり請求総額が増える=それだけ払えなくなる確率が増える)。
結果、未納分はないということが確認できました。先ずはこれで一安心です。
お次は重量税に関して。分納が可能かどうか聞いてみたのです。今までそんなことを考えたこともないのですが、重量税と言うのは車検金額にしめるウェートが非常に大きいので、これが出来れば支払いに関するハードルが非常に低くなってきます。あ、ちなみにオートサービスシバタの車検基本金額は以下の通りです。(普通車、1.5t未満)
車検基本金額 25,000円(引き取り納車・代車代・車検代行手数料等含む、課税対象金額分)
自賠責 22,470円(24ヶ月)
重量税 37,800円
印紙代 1,800円
合計 88,320円(オイル交換などの追加整備項目は別費用)
この金額で特に輸入車・国産車の区別はしていません。代車の要らないという人もいますが、こちらとしては一人でやっているので、引き取りに行くには行きと帰りの足が必然的に欲しくなります。このため代わりの車は必ず置いて行きます(だいたいヴィッツ)。
この金額で言うと請求金額に対する重量税の比率が約43%です。大きいです。
で、問い合わせの結果。一括のみの受付で、分納はダメだとの回答でした。「うーん。それなら仕方ないので、本人には、お金を貯めてもらってから車検を取ってもらうようにしますね。最悪の事態を考えて自賠責だけ長めに入っておいてもらって。」と言った所、予想はしていましたが、「車検は必ず期日までに受けてもらうのが法律で決まっていますので......」と返ってきました。
基本的に保険料には「立替払い」という概念がありません。というか禁止されています。保険契約書類を発行し、保険料を受け取って、領収書を発行する。そして、その時点もしくは契約書に記入された期日から保険がはじまる、という流れです。厳密にこれを適用すると、特に自賠責の取り扱いに関してなんかはマズイ部分が多々ありますが、基本的にはこの流れです。ですから、立替が出来ない自賠責だけは加入しておいてもらわなければいけません。
残るは車検費用と税金です。もちろん期日までに車検を受けること、なんて当たり前の話です。ですが、自分の車ならいざ知らず、他人の車のことで回収できるか分からない、利益率がいい訳でもない(だからといって蔑ろにしているわけではありませんが)仕事で下手げにボランティアなんてやれば回収できなかったときはどうする?特に税金関係すら回収できないときはバカバカしいったらありません。
でも電話口のお姉ちゃんは「支払いのことに関しては業者さんと本人とのお話になりますから...」ときました。うーん。話が噛み合わない。
こんな訳で、何とか車検を受けさせてあげたいという労力はどうやら無駄に終わりそうです。
以前も書きましたが、車検費用の本丸である「24ヶ月定期点検」本体の金額は「12ヶ月点検」金額とさほどに差のあるものではありません。違うのは「申請時にすでに関連する諸費用が支払われていること」というところで、自賠責保険(これも税金みたいなもんだ)と自動車重量税だけで普通車の場合6万程度下駄を履かされています。
近頃では交通違反反則金(いわゆる罰金)の未納があると車検を受けられないという、どこまでが本筋でどこからが末節なのかよく分からない有様になってきています。で、車検場(陸運局)まで来てから「この人は罰金払っていないので.......」なんて言われて仕方なく無駄足にしたくない業者は関係のない反則金まで払ってあげて車検を通してくる訳です。
実際の所、税金の減免とかいいますけど、これは本来払うべきところを「値引きしてあげる」ということですよね。では、所得が低くて、払うべき税金(所得税)そのものが少ない場合、値引きされてもあんまり嬉しくない訳です。
定額給付といわれてもおそらく日々の支払いの中に紛れて消えていくばかりで、実は公共料金や電気料等のライフラインへの支払いに回ってしまうことの方が多いのではないでしょうかね。
それよりかは暴論ですが、宝くじのようにしてしまい、その代わりに1億円の当りくじ(?)を2万本にしてばら撒いた方がナンボか効果があるような気がするんですが。例えは悪いですが、生命保険の死亡保険金を受け取ったらしい(あくまでも推測)人って、急に車の買い替えが早くなりますしね。それとか「え?家建て替えるの?」とかね。実際何人かそれっぽい人があったんで。
話をまとめると、もっと税金安くしてよ、というだけなんですけどね。あれだけ税金つぎ込んだっぽい高速道路なんかも、いつの間にやら誰のものか分からない民営化されているし。とっとと無料化されていれば、荷物の運賃なんかも随分と安くなるだろうに。
2009年2月11日水曜日
商品の値付けってなんだろうと思うことが度々あります。今回は工賃について。
例えばオートサービスシバタで発行する請求書の内容としては「下請け業者から来た請求書+こちらの手間賃(つまりは仲介料という名の儲け)」が基本です。中にはこちらで手掛ける作業なんかもありますので、その辺は「このくらい欲しいなあ」という金額を請求金額としている、という程度です。
ディーラーなんかでは、例えば作業工賃ということだと1時間8,500円程度が今は基準のようです(浜松では)。これに部品代を足し上げるわけです。例えば「部品代合計5,600円、標準作業時間2時間」という作業があったとすると2×8,500円=17,000円の作業工賃と部品代5,600円で、22,600円の請求金額、といった具合です。
こういうことから、だいたいの見積金額と部品代を聞いておけば、そこから「どのくらいの作業時間のかかる修理なのか」ということを読むことが出来ます。これも例えばの話ですが、古巣の静岡トヨペット。ホームページ上の点検整備金額を見ると、ミディアムクラスの24ヶ月定期点検金額は13,650円となっています。12ヶ月点検の点検金額は同じくミディアムクラスで10,500円。その差は3,000円程度でしかありませんから、点検そのものの実質作業量としては2~30分程度の差でしかない内容である、ということが読めてきます。
では時間工賃そのものはどういった基準で決められているのか。
一応自分がディーラー在籍時に聞いた話では「全ての工具が揃っている状態で、その作業に習熟したベテラン作業員が、ヨーイドンで作業を始めて、作業が終わるまでのラップタイム」というところだそうです。このため、ほとんどの場合この作業時間で終わることはない、というのが実情のようです。
ただ時間工賃と言うのはいいのですが、コレ、投資金額に対する自己資本比率によっても随分と実際の採算分岐点が違うようにも思うので、果たしてこれをそのまま使うのもどうかと思うのですがねえ。なんか「ウチの規模の工場なら時間工賃1万円貰うのが当たり前」という言い訳に使われているのが現状のような気がします。つまり、原価計算(人件費や間接費、設備投資などなど)由来の金額ではなく、これくらいで貰っていたら採算が合っている様だ、という、ま、いわばどんぶり勘定的なところが強いのかな、と思います。でもまあ、人ンチの台所ですから、とやかく言う筋合いもないですけど。
例えばオートサービスシバタで発行する請求書の内容としては「下請け業者から来た請求書+こちらの手間賃(つまりは仲介料という名の儲け)」が基本です。中にはこちらで手掛ける作業なんかもありますので、その辺は「このくらい欲しいなあ」という金額を請求金額としている、という程度です。
ディーラーなんかでは、例えば作業工賃ということだと1時間8,500円程度が今は基準のようです(浜松では)。これに部品代を足し上げるわけです。例えば「部品代合計5,600円、標準作業時間2時間」という作業があったとすると2×8,500円=17,000円の作業工賃と部品代5,600円で、22,600円の請求金額、といった具合です。
こういうことから、だいたいの見積金額と部品代を聞いておけば、そこから「どのくらいの作業時間のかかる修理なのか」ということを読むことが出来ます。これも例えばの話ですが、古巣の静岡トヨペット。ホームページ上の点検整備金額を見ると、ミディアムクラスの24ヶ月定期点検金額は13,650円となっています。12ヶ月点検の点検金額は同じくミディアムクラスで10,500円。その差は3,000円程度でしかありませんから、点検そのものの実質作業量としては2~30分程度の差でしかない内容である、ということが読めてきます。
では時間工賃そのものはどういった基準で決められているのか。
一応自分がディーラー在籍時に聞いた話では「全ての工具が揃っている状態で、その作業に習熟したベテラン作業員が、ヨーイドンで作業を始めて、作業が終わるまでのラップタイム」というところだそうです。このため、ほとんどの場合この作業時間で終わることはない、というのが実情のようです。
ただ時間工賃と言うのはいいのですが、コレ、投資金額に対する自己資本比率によっても随分と実際の採算分岐点が違うようにも思うので、果たしてこれをそのまま使うのもどうかと思うのですがねえ。なんか「ウチの規模の工場なら時間工賃1万円貰うのが当たり前」という言い訳に使われているのが現状のような気がします。つまり、原価計算(人件費や間接費、設備投資などなど)由来の金額ではなく、これくらいで貰っていたら採算が合っている様だ、という、ま、いわばどんぶり勘定的なところが強いのかな、と思います。でもまあ、人ンチの台所ですから、とやかく言う筋合いもないですけど。
2009年2月9日月曜日
ウチの嫁さんと結婚して最初の頃、とにかく不思議だった(今でも不思議な奴だけど)のは、異様に「賞味期限を気にする」ということでした。
だいたい賞味期限なんてものは、おおよその「風味が損なわれる」らしい日数よりもかなり余裕を持った設定だということはかねてより耳にはしていたので、特に気にもしていませんでした。ところがウチの嫁さんはひどく気にするのです。
「あ、これ今日が賞味期限だから」とか「あ、これ明日が......」とかいうのが連日の話。まあ、それ以前にそこまで連日にわたって賞味期限切れが続く方も変なのですが。
そこでもちろん、賞味期限切れについてのウンチクとともに、「そんなことより自分の味覚と嗅覚を磨け」といったのですが、いまだそれが改善される見込みはなく、未だに「今日これが賞味期限だから....」が続いています。とにかく額面どおり受け取ることしか出来ないというか、それ以外に判断基準が無いといったらいいのか。自分の経験を基にした判断というものが出来ないのか?
それとともに直らない代表格が、とにかくやたらと「お医者さんに行く」という行動パターン。なんでも医者に行く。風邪をひいた、お腹が痛い、目の奥が痛い、腰が痛いなどなど。それ以外にも犬の挙動がおかしいと言っては「獣医に行く」です。予防接種やヒラリヤ・狂犬病に伝染病に、などなど周りに言われるがまま、という感じ。
はたまた、「今日は寒いから、ペロがかわいそう」だのと言っては「今日はウチの中に入れてやらんでもいいかねえ?」ときます。それについては「犬は外にいるのが普通なんだから、いちいちお前の基準で言わんでもいい」というのですが、自分の言葉は人に聞いてもらわないと怒るくせに、人の言ったことはまったく耳に入っていないようで、おんなじことを何度も口にするあたり、もうすでにボケているのか?と疑うこともあります。
ふと思い出したことがあります。以前「明石屋さんま」が司会をしていたバラエティで、年寄り衆ばかりにクイズに答えさせる、という趣旨のコーナーがありました。
その中で印象的だったのが、老齢者の回答は得てして設問の主旨は措いておいて、前回答者や司会者の出したヒントの語尾にしか反応できず、そこにしか目が向いていない回答しか出てこない、というものでした。番組としてはそんなトンチキさが面白おかしくクローズアップされていたような気がするのですが、思い返すと、嫁さんの反応にも似通った所があるような気がして、近い将来が怖くて仕方ありません。
先ず、前後の単語がなく、いきなり主語なしで自分の言いたい所だけ切り取られた言葉が出てくるので。こちらとしては何が言いたいのか状況が掴めません。仕方が無いので「何が」「どうした」という言葉のつながりを聴きだしていくと、そのうち「もういい」とか言って怒り出すのです。けっきょく、つぶやきの域を出ず、相手がいる、そしてその相手に理解してもらうという観念が抜けているのだろうなあ、という感じです。
先のお医者さんの話に戻るのですが、以前コロパパさんのコラム中に「人間年を重ねれば相応に調子の悪くなることはあって当たり前」という趣旨の発言がありました。
そのことについては以前から自分もそう思っていたので、そのことを車に例えて「年式の古い車はそれ相応に不具合箇所があって当然だ。そりゃあ余裕のある予算を組んでそれなりに徹底的に手を入れていけば、それなりにはなるが、それでも「それなりに」というレベルまでで、新車当時のままなんてのは無理な話。で、実際には限られた予算の中で折り合っていくしかないのが実情で、多少の不具合はあって当然だし、それを折り合って付き合っていくのが現実だ」ということをいったことがあります。
そういう意味で言うと、昨今話題になっている消費税の増税は致し方ない、とは思います。きちんと消費の規模というか生活レベルの大小に応じて負担は分担されるべきだとは思います。
ですが、問題なのはただ単に税の負担割合(金額)が増大するだけ、という結果しか見えないことでしょう。福祉を充実させるのであれば、パッチワークでそこだけ手当てする。そのための財源として今までのことにはあんまり手を付けず、それ以外の財源として消費税の税率を上げる、という手法には疑問を感じます。
生活の豊かさ、ということを考えることがあります。つまりは可処分所得の多いこと、ということになるのだろうとは想像するのですが、では可処分所得を多くする為には?ということになると、当然1つは収入金額を増やすということでしょう。一般的には先ずこれを考えると思います。
もう1つには、公共料金という名のものに徴収されているライフラインの維持に関わる金額をいかに抑えるか、もしくは抑えられているか?ということなのでは、と思います。例えばこれに医療や介護を含めてもいいかもしれません。
そしてそれ以外には、いかに自身の最低限の生活について、不安視することがない社会制度ということでは?と考えます。つまりは衣食足りて礼節を知る、ということです。明日の食い物にも困るようでは文字通り「餓鬼」になってしまいます。
庶民的には、最初の「可処分所得の拡大」を求めて「いい(割のいい)仕事」「いい就職先」のためには「いい大学」「いい高校」と、いうことで分かりやすいブランドの学校を考えるのでしょうが、ある意味これは親の果たせなかった夢を子供に託す、ということもあるのかな、と。
ただ、やみくもなブランド志向が「とにかくいいレールに乗ることが至上命題」になると、それでどうする?という気もするんですが。
なんか短絡的過ぎるんですよね。想像力が欠如しているというか。
ラブソングなんかでもそうなんですが、確かに結婚するまでは歌の世界としては美しいものかもしれないし、結婚という区切りもお話としてはきれいに収まるんですが、実際にはそれからの方がはるかに時間としては長いし重要でしょ?
人生も就職や学校に受かるなんてものは通過儀礼でしかないじゃないですか。可処分所得の話に戻すと、いくら収入金額が多くても散財が多すぎちゃあ、いくらあっても足りない訳だし。「小室哲哉」状態ですよね。ホリエモンって言ってもいいかもしれません。
もう少し自分の足元を見つめなおして、自身の存在の再確認からはじめたほうが良いんじゃないでしょうか。人に合わせるんじゃなくて自分の物差しがどのくらい、というところからね。そうすると、今まで見えなくなってしまっていたものも見えてくるような気がします。それこそ夜が明るすぎて、また空気が汚れてしまって見えなくなってしまった天の川が見えてくるように。
なんだか分からなくなって来ましたので、逃げるように今日は退散することにします。うーんなんか酔っ払ってるなー。
だいたい賞味期限なんてものは、おおよその「風味が損なわれる」らしい日数よりもかなり余裕を持った設定だということはかねてより耳にはしていたので、特に気にもしていませんでした。ところがウチの嫁さんはひどく気にするのです。
「あ、これ今日が賞味期限だから」とか「あ、これ明日が......」とかいうのが連日の話。まあ、それ以前にそこまで連日にわたって賞味期限切れが続く方も変なのですが。
そこでもちろん、賞味期限切れについてのウンチクとともに、「そんなことより自分の味覚と嗅覚を磨け」といったのですが、いまだそれが改善される見込みはなく、未だに「今日これが賞味期限だから....」が続いています。とにかく額面どおり受け取ることしか出来ないというか、それ以外に判断基準が無いといったらいいのか。自分の経験を基にした判断というものが出来ないのか?
それとともに直らない代表格が、とにかくやたらと「お医者さんに行く」という行動パターン。なんでも医者に行く。風邪をひいた、お腹が痛い、目の奥が痛い、腰が痛いなどなど。それ以外にも犬の挙動がおかしいと言っては「獣医に行く」です。予防接種やヒラリヤ・狂犬病に伝染病に、などなど周りに言われるがまま、という感じ。
はたまた、「今日は寒いから、ペロがかわいそう」だのと言っては「今日はウチの中に入れてやらんでもいいかねえ?」ときます。それについては「犬は外にいるのが普通なんだから、いちいちお前の基準で言わんでもいい」というのですが、自分の言葉は人に聞いてもらわないと怒るくせに、人の言ったことはまったく耳に入っていないようで、おんなじことを何度も口にするあたり、もうすでにボケているのか?と疑うこともあります。
ふと思い出したことがあります。以前「明石屋さんま」が司会をしていたバラエティで、年寄り衆ばかりにクイズに答えさせる、という趣旨のコーナーがありました。
その中で印象的だったのが、老齢者の回答は得てして設問の主旨は措いておいて、前回答者や司会者の出したヒントの語尾にしか反応できず、そこにしか目が向いていない回答しか出てこない、というものでした。番組としてはそんなトンチキさが面白おかしくクローズアップされていたような気がするのですが、思い返すと、嫁さんの反応にも似通った所があるような気がして、近い将来が怖くて仕方ありません。
先ず、前後の単語がなく、いきなり主語なしで自分の言いたい所だけ切り取られた言葉が出てくるので。こちらとしては何が言いたいのか状況が掴めません。仕方が無いので「何が」「どうした」という言葉のつながりを聴きだしていくと、そのうち「もういい」とか言って怒り出すのです。けっきょく、つぶやきの域を出ず、相手がいる、そしてその相手に理解してもらうという観念が抜けているのだろうなあ、という感じです。
先のお医者さんの話に戻るのですが、以前コロパパさんのコラム中に「人間年を重ねれば相応に調子の悪くなることはあって当たり前」という趣旨の発言がありました。
そのことについては以前から自分もそう思っていたので、そのことを車に例えて「年式の古い車はそれ相応に不具合箇所があって当然だ。そりゃあ余裕のある予算を組んでそれなりに徹底的に手を入れていけば、それなりにはなるが、それでも「それなりに」というレベルまでで、新車当時のままなんてのは無理な話。で、実際には限られた予算の中で折り合っていくしかないのが実情で、多少の不具合はあって当然だし、それを折り合って付き合っていくのが現実だ」ということをいったことがあります。
そういう意味で言うと、昨今話題になっている消費税の増税は致し方ない、とは思います。きちんと消費の規模というか生活レベルの大小に応じて負担は分担されるべきだとは思います。
ですが、問題なのはただ単に税の負担割合(金額)が増大するだけ、という結果しか見えないことでしょう。福祉を充実させるのであれば、パッチワークでそこだけ手当てする。そのための財源として今までのことにはあんまり手を付けず、それ以外の財源として消費税の税率を上げる、という手法には疑問を感じます。
生活の豊かさ、ということを考えることがあります。つまりは可処分所得の多いこと、ということになるのだろうとは想像するのですが、では可処分所得を多くする為には?ということになると、当然1つは収入金額を増やすということでしょう。一般的には先ずこれを考えると思います。
もう1つには、公共料金という名のものに徴収されているライフラインの維持に関わる金額をいかに抑えるか、もしくは抑えられているか?ということなのでは、と思います。例えばこれに医療や介護を含めてもいいかもしれません。
そしてそれ以外には、いかに自身の最低限の生活について、不安視することがない社会制度ということでは?と考えます。つまりは衣食足りて礼節を知る、ということです。明日の食い物にも困るようでは文字通り「餓鬼」になってしまいます。
庶民的には、最初の「可処分所得の拡大」を求めて「いい(割のいい)仕事」「いい就職先」のためには「いい大学」「いい高校」と、いうことで分かりやすいブランドの学校を考えるのでしょうが、ある意味これは親の果たせなかった夢を子供に託す、ということもあるのかな、と。
ただ、やみくもなブランド志向が「とにかくいいレールに乗ることが至上命題」になると、それでどうする?という気もするんですが。
なんか短絡的過ぎるんですよね。想像力が欠如しているというか。
ラブソングなんかでもそうなんですが、確かに結婚するまでは歌の世界としては美しいものかもしれないし、結婚という区切りもお話としてはきれいに収まるんですが、実際にはそれからの方がはるかに時間としては長いし重要でしょ?
人生も就職や学校に受かるなんてものは通過儀礼でしかないじゃないですか。可処分所得の話に戻すと、いくら収入金額が多くても散財が多すぎちゃあ、いくらあっても足りない訳だし。「小室哲哉」状態ですよね。ホリエモンって言ってもいいかもしれません。
もう少し自分の足元を見つめなおして、自身の存在の再確認からはじめたほうが良いんじゃないでしょうか。人に合わせるんじゃなくて自分の物差しがどのくらい、というところからね。そうすると、今まで見えなくなってしまっていたものも見えてくるような気がします。それこそ夜が明るすぎて、また空気が汚れてしまって見えなくなってしまった天の川が見えてくるように。
なんだか分からなくなって来ましたので、逃げるように今日は退散することにします。うーんなんか酔っ払ってるなー。
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