2010年7月27日火曜日

ウォーターマネー

リーマンショック以前には「オイルマネー」という言葉をよく耳にしました。どうせ、と言っては失礼かもしれませんが、ほとんどタダで噴出してくれる石油が、今まで1バレル30ドルソコソコだったのがいつも間にやら100ドル以上の値が付いているのですから、アラブの産油国諸国からすれば笑いが止まらない状態だったでしょう。

中国共産党幹部連中が「資本主義は美味しい制度だ」と気が付いたのは、おそらくは香港返還の頃からだと個人的には思っています。あの頃を境にして農本主義世界に生きていた農村部の人口を担保にした(つまり工場の低賃金労働者)資本主義社会からの運上金は、主席や首相達の世界観を大いに変えただろうと想像します。
大げさに言えば「これだけあれば何でも出来るじゃないか」という感じでしょうか。

同様な例としては、日本の戦国時代の中で唯一斉藤道三が手をつけはじめ、その後織田信長が政策を継承した「貨幣を基本とする経済世界」の破壊力は、その後日本全国を席巻していくことになりました。もっとも、その貨幣経済は戦国時代の仕上げ人たる徳川家康によって封印されてしまうのですが。

でも結局は貨幣経済は後に勃興し、商品経済が日本中を席捲し、封建時代とは思えないほどの量の商品が全国を駆け巡り、大阪の米相場では世界で最初の変動相場制による米の取引が行われたりしていました。現代の変動性の為替相場に移行する際の研究対象にもされたほどです。
そうした社会の中で頑なに「米」のあがりだけに収入の大半を拠っていた武士階級の経済面が埋もれていったのは致し方のない所でしょう。「食うや食わず」の世界ならば食料は至上の価値を持ちますが、一旦蓄えのある社会であったり、贅沢な世界を覚えれば、そうした方向の物に食料以上の価値を見出すのは当然の事です。


さて、お話は戻って、中国社会。勢いが付いた乞食たちを止める術はありません。一旦暴走が始まれば行き着くところまで行ってしまうものです。もっとも、西欧諸国も帝国主義の名の下、世界各国の上げ前を自国経済のためだけに吸い上げる、というシステムを押し付けて回った大先輩ですから、この事に文句を言えたものではありませんが。

確かに人口が10倍もいれば、賢いのも相当数になります。でも、馬鹿の数も10倍になるます。いきおい、賢い奴はじっと世の中を静観する側に回るのもいつもの事です。それらが回りまわって工場を回す為に躍起になって石油を買い漁ったり。
あれが儲かる、と思えば今までの利潤を元手にどこにでも行きますから、南アフリカのレアメタル鉱山などもかなりの部分、中国人の資本が入ってしまっている、なんていう笑えない現実もあったり、なかったり。なんだか「農協、月に行く」なんてお話も昔ありましたが、そんな話がお伽噺に思えるくらいの中国資本の躍進ぶりです。



さて。そんなめぼしい商品を世界中から買い占めてきた中国人たちの御めがねに適いつつあるというか、随分前から狙われ始めているのが水資源です。もちろん日本の。
考えても見れば、日本の水というのは、なんとびっくりそのまま生水の状態で飲めちゃうと言う、世界の中でも極めて珍しい水質を誇る国です。雨量は年間を通じて極めて多く、森の再生能力もずば抜けている。だって、鉄器や青銅器を作る為に木を伐り尽くしたおかげで今でも水墨画によく見られるような禿山ばかりの風景の大陸に比べ、製鉄産業の原風景を示していると言われるヤマタノオロチの出雲地方なんてところは今でも緑豊かな地方でしょう?それだけ森林の再生能力が高い。




どうも、そうした日本の水源地の森を中国人のバイヤーが徘徊している、なんてことが現実にあるようで。


お人好しもいい加減にしとかないとまずいと思うんだけどねえ。