2009年7月31日金曜日

保有台数減少

昨年秋口のリーマンショックに端を発した経済の縮小、というよりは爆縮といってもいいかもしれませんが、それらが回りまわって浜松のような地方都市でも随分と職にあぶれた人たちが増えました。その代表格がブラジル人たちです。一時には浜松の人口中3~5%を彼らが閉めていたとかいないとか。

リーマンショックの直後に職を失った連中だと年明けにも故国へ帰っていったのも多いようです。でも、多くは昨年末を以って解雇された、というのが大半のようです。
とある人材派遣会社の部長(本籍は山口県の人なんだけど、奥さん以下の家族全員はアルゼンチン生まれのアルゼンチン育ち)も、本人を除く家族とその同棲も含む係累の6人全員が今年の1月末日を以って解雇されれたということで、なおかつ本人の給料も半分くらいになったとのことです。あらあら。

今現在、もちろんブラジル人でも働いている人もいるのですが、それでも聞いてみると特に浜松の高丘などは「少なくとも半分が遊んでいる」という状況のようです。やはり雇用先としても「採用するなら先ず日本人を、」と言ってくるようで、ブラジル人の雇用は後回しになっているのが現状のようです。
ただ、ブラジル人との付き合いも少々ある柴田からすればブラジル人も日本人も同じで、日本語をしゃべれるブラジル人がイコール信用できる奴ではないし、日本人だからといって信用できるわけでもないですしね。特にお金や時間の面でだらしない人はどっちにでもいるしねえ。

そんなこんなで昨年末からボツボツあるのがクルマを処分したいという話や台数を減らしたい、という話が多くなりました。まあ、これはブラジル人に限らず日本人もそうなんですけどね。
経費がかかるから普通車を軽に変えたい、という話もありますが、そこで追い金が発生するようでは、その後乗る年数によっても違いますが、大抵の場合経費の差で差額を埋める事は出来ません。普通車よりも軽の方が経費がかからないとは言っても、いいとこ年間2~3万円くらいは経費が浮くか?という程度ですし、所詮軽は軽でしかありませんので移動時の質という意味では、短距離ならばともかく、やはり軽は軽でしかないかな、と。
ローンを組んで買った人は「プリウス」に人気が集中してしまっている現在、それ以外の車の下取の暴落と、更に海外への中古車の輸出がほぼ止まっている状況から「クルマを辞めてもローンが完済できない」方がほとんどです。でまた、よりによってエルグランドの3.5リッター車とかに乗っているのでたちが悪いんです(人気がない)。

実質、大人になれば浜松のような地方都市では1人一台が基本です。ですが、お父さんは通勤にしかクルマを使わない、お母さんも近所へのお使いにしか使わない、ということだと「なんだ、別に1台でもいいじゃん」とか、「お父さんは通勤だけなんだからバイクでもいいよね」、という会話も交わされるようになってきたようで、「1台にまとめる・減車」という動きもでてきたように思います。それはそれで経済状況に合わせた適正規模になりつつある、という事なのかもしれません。



例えばこれは英断だと思うのですが、今回のプリウスは新型と旧型を併売しています。
新車を作るうえでの設備備品を作る関係メーカーからすればとんでもない話に繋がるのですが、新車を作るうえでの設備投資や開発費用は1車種2000億ともいう規模になるそうです。旧型の継続生産ということは、これらの設備関係のメーカーに仕事が回らなくなる、という事ですね。
で、これらの金額は当初想定していたモデルライフ(発売期間)中に作られる予定の計画生産台数で償却していきます。という事は、今までのプリウスはその開発にかかったコストの全てを基本的には支払い終えている、という事になります。新車発表などのコストもかけないでしょうから広告宣伝費もかからず、開発費用もロハ。もちろんその分安くしてもいますけど、ライン改修をしなくてもいいし不具合対策は5年近くやりつくしてきたわけですから、信頼性も高いとくれば言うことはないでしょう。

クルマのメーカーは部品供給のこともあり、モデル廃止後も長期間、その金型や生産設備を倉庫内に残しています。思えば売れ行き好調なモデルを無理して新型に切り替え、見る影もなくなったモデル達もあります。それを思うと、旧型モデルの継続・並列生産というのはひとつの指針にもなるんじゃあないのかなと思います。生産期間が延びればパーツ供給期間も延びますしね。

新製品というのはメーカーの技術力を誇示できる絶好の機会ではあるでしょうけど、無理に変えなくても良かった、という事も少なくないと思います。例えばウインドウズのXPとVISTAとかね。
特にXPは登場のタイミングやマイクロソフトの状況もあったのでしょうけども、ここ何年かを振り返れば異様に寿命の長いOSだったように思います。でも少なくとも1ユーザーからするとソフトや周辺機器の互換性、ソフトの対応状況など、せいぜいofficeくらいしか日常使うソフトはない使用程度だと、難しいことを考えなくてもいいので楽なんですよねえ。
非常にレベルの低い話ですがコンピューターゲームもそうで、本体をどれにするかは非常に悩む所になります。少々前の「とりあえずPS2を買っておけば何とかなる」という状況は「これさえあればいい」という安心感にもなったものです。


話は戻りますが販売台数・保有台数の増加というのは一種のお祭りだったのかなあ、とも思います。で、それが現在横ばいもしくは微減ということなんですが、それはそれ、お祭りが終わったのだから「日常に帰れ」でいいと思うんですけどね。

どこかのお国もバンバン大盤振る舞いをする政治をしてきたように思いますが、これらも「長すぎたお祭りが終わったようだ」と思えば、そろそろ日常に帰る・戻ることを志向してもいいような気がします。
たまには浮かれることも必要ですが、毎日じゃあねえ。

2009年7月30日木曜日

昨日の続き

んーと。
実は何度も自分で書いた昨日の投稿を読み返しています。

究極の目的は「エンドユーザー」に迷惑をかけないことです。
途中経過はともかく、エンドユーザーに何事もなく車を届け、使用してもらうことが究極の目的です。

そのためにはどうしたらいいか?

例えば件の業者と再度話をして、「あなたの対応としてココとココが不満だ」という事を伝え、あちらの意向もふまえつつ着地点を探る、というのが一番大人としての対応だろうとは思っています。
ただ、個人的には「プロ」という言葉の重みを背負って商売をしている以上、ある程度の見切りも必要だろうという非情な感覚もあります。
ここが学校ならば、あれこれと指導することも許される事柄でしょうけど、自らのカンバンを背負ってやっている以上、「自らの気付き」というものが大きなウエートを占めると考えます。自分で気付かなければそれまで、とも思うのです。

そんなわけで、今のところあの業者との付き合い方を限定的にしていくことにしようと今は思っています。つまりは「待ち」の作業はともかくとして、1泊2泊の作業時間を要する仕事はもうそこには出さない、という結論です。
設備や体制の濃淡は各業者によって差があるにしても、出来ることを密にやってくれるか否かはダイレクトにその気持ちや気負いを示すものであると思っています。つまりは意識の差、気配りの差、という事ですね。自らに来る報酬の中味をきちんと自覚してもらわなければ、仕事を出す側がそこと一蓮托生の存在となってしまいます。

まあ、考えすぎかもしれません。
ただ今日、チャーリーの書いたオペラのブログを見るまでもなく、プロとしての姿勢というか誠実さを思うにつけ、内輪の傷の舐め合いの辻褄を外に出すことになるかもしれない事態は、みっともないことだという思いを新たにした次第です。

2009年7月29日水曜日

黒表紙

トヨタ自動車には、愛知県の日進市に立派な研修施設があります。

自分は新車セールスとしてそちらに行った事があるだけなのですが、施設内で行われる研修課程にはメカニック研修あり営業所のマネージャー研修もあり、中にはDuo(トヨタディーラーがフォルクスワーゲンとアウディを売るために立ち上げた店舗)専門の研修もあり、今時ならばおそらくプリウスをはじめとする電気自動車整備資格取得研修(定期点検項目にはブレーキの項があり、回生ブレーキを備える一連のハイブリッド車種の点検に際して、トヨタとしてはこの講座の習得を必須としていた)なども頻繁に行われているのでしょう。
講師には全国各地のトヨタディラーから「この人は....」という現場の人(本人の意思とはまったく無関係)が選ばれ、これまた講師としての専門講習を受けた後に専任講師として何年かの間、愛知県の日進市に勤務することになります。もちろん研修施設に隣接した立派な寮完備の上の事(らしい)です。

さて。これまたトヨタには、この研修施設で編集された通称「黒表紙」と呼ばれるセールス教本が存在します。研修施設内ではこれを販売(3,000円~5,000円位したような気がします)もしていますが、基本的には関係者以外には門外不出の品とされているようです。
自分自身で買ったことはないのですが、浜松営業所に在籍当時、目をかけていただいていた当時の営業課長の方から「2冊持っているから......」という理由で「柴田君に古い方で悪いけどあげるよ」と、この黒表紙をありがたくもいただきました。残念ながら有玉営業所在籍時に、たまたまこの黒表紙の話題が出たことがあり、その際「僕も持っています」と言った途端、当時の営業所所長に「俺が預かっておく」と言われ取り上げられてしまいました。その際に「お前にはまだ早い」位のことは言われたような気もします。ちなみに僕に黒表紙をくれた営業課長と、奪っていった所長とは犬猿の仲であったようです。
その所長が転勤で有玉から去った時に取り返す機会はあったような気もしますが、その一件は当時すっかり忘れてしまっていました。ま、ともかく返す返すも残念なことです。


何でこんなことを枕詞として取り上げたかというと、今日あったことから改めて「プロとは?」という事を思ったからです。

昨日ほんのちょっとしたことから、取引業者との感情面での行き違いが生じました。きっかけは些細なことで、こちらが依頼した車検に関する仕上がり時間に関してです。
昨日の午前10時ごろ、自賠責証を業者の社長に渡しながら「(今日の)何時くらいに仕上がった車を引き取りにくればいいか」という事を尋ねました。そこの社長が言うには4時ごろには仕上がる、とのことでした。その言葉に対して「じゃあ4時ごろ過ぎに来ればいいんですね」と反問した所「仕上がったら電話をするから.....」と言われた為、柴田としても「じゃあ電話が来るのを待って、それから来ます」と答えた訳です。
で、その問題の昨日午後4時ごろ。電話が来ない。

5時になっても電話が来ない。

6時、7時、8時になっても電話が来ない。何か問題でもあったのか?と思います。

エンドユーザーへの納車は今週の末の予定(中古車の納車)ですので、まだ時間的余裕があることもあり待つこともできたのですが、それが今日の午前10時になっても電話が来ない。
で仕方なく昼前、11時過ぎになって電話を入れ「まだ作業が仕上がっていないのか?」と問い合わせたところ、逆に「昨日の4時過ぎに来るというので待っていたが来ないとはどういうわけだ」と逆に言われました。こちらに言わせれば「4時過ぎとは聞いていたが、電話を入れると言っていた以上、こちらとしても待っていた。遅いと思ったのなら電話の一本くらいあってもしかるべきなんじゃないの?」というところなんですが?おいおい。さてどっちがどっち?

良い、悪いという次元の問題でもないのですが、柴田的にはこの件については大げさに言えば「プロとして」という事と捉えています。
依頼者(柴田)としては車両搬入時に「入庫目的(納車前点検と車検)、やって欲しい事、こなして欲しい事」をきちんと伝え、それに対する報酬をきちんと滞りなく支払うことが義務だと思っています。基本的には車両引き上げ時に全車精算を完了しています。
では被依頼人、つまり仕事の請け人としてはどうか?受け入れに際して、引受内容に関する予想される問題点と、その補修に関する展開予想及び概算見積金額の提示は当然でしょう。修理に関する全権委任を受けているのですから、その作業の結果、支払いに直結する点検結果と、その追加作業に関わる途中経過報告も当たり前の事です。そして一番重要なのは「きちんと引渡しを終える」ことです。

このあたりが冒頭「黒表紙」の話題を出したことに繋がるのですが、黒表紙中にはこんな記載があります。それは「販売者と購買者との『意識高揚曲線』のズレ」です。つまりは、販売者(セールス)としては注文書を貰う時が一番気持ちの昂ぶる時であるのは理解しやすい所ではあります。ただ、これはあくまで販売の側の話であって、購買者(お客さん)としてはもちろん車を注文する時も気持ちが昂ぶるのですが、更なるピークが後半に控えており、それは納車のときに頂点に達する、というものです。これを忘れてはなりません。無事商品を納めて、売上を回収して、初めて仕事が完結するのです。作業の完了が仕事の完了ではありません。
で、またこの業者。こういう類いの「電話連絡に関する感覚」が鈍く(と言うか一般的にメカニックという職種がこの手の感覚に鈍いような気がします)、少なくともこの手の行き違いが今までも一度や二度じゃあない、というところもミソです。

コロパパさんの日誌に「出来の悪い医者」というシリーズがあります。私的な解釈でいえば、そこに登場する「出来の悪い医師」たちは「今日から医者になりました」と宣言しつつも「引き受けもできず、状況判断も出来ない(しない)。もちろん予想される経過の洞察も出来なければ、患者さんの社会復帰までもが覚束ない」、プロ失格と映ります。いわば「売上(利益)だけを掠める」輩です。
表面上の「医師」という資格に必要な最低限の経歴は積んだかもしれませんが、プロとしての「医師」を自称する(それ以前のこともあるようではありますが)には十分でない箇所が多々見受けられる、と言い換えてもいいでしょうか。

世間様的には「異業種参入」という事が珍しくないご時勢です。クルマ屋しかり、保険屋しかり。個人的にはその商売の屋号を名乗るにふさわしかるべくありたい、とは思っているつもりではあります。ま、なかなか伝わりにくく堅苦しい表現になりやすい事柄でもありますんで、普段は内に秘めているだけなんですが。
例えば、最近業績不振が叫ばれている業種(含む政治家・公務員)の方々、人様のことは決して言えた義理ではありませんが、それでもプロとしての報酬をいただくに値する(その額面も含めて)仕事を果たしている、と他人様に思っていただける仕事ぶりかどうか、そっと胸に手を当ててる一時があってもいいのではないでしょうか。

2009年7月28日火曜日

めがね

今月はわりかし暇な月になるかと思いきや、けっこうなんだかんだで忙しく、先週の火曜日からこっち休めておりません。とはいいつつ今日は火曜日。嫁さんの休みの日なので、構ってやらずにいて後でへそを曲げられたりするとご飯を作ってくれなくなるので奥さんの為にあっちこっちへ車を動かすことにいたしました。
先日嫁さんがメガネを作りました。今日はそのメガネの微調整のために出張ることになっていたのです。

嫁さんが以前作ったフチなしメガネもまだそれほど日時が経っているわけではないのですが、鼻当ての跡が鼻につく、とブツブツ言い出したことから話が始まりました。
柴田は軽ーい気持ちで「軽いメガネならいいんじゃあないの」といったところ、すかさず一言「アンタのめがね軽そうだねえ」と言葉が返ってきました。で、結局僕のお客さんのメガネ屋さんで、今自分が使っているメガネと同じものの色違いを作ったわけです。

僕の使っているメガネは「エアフレーム」とかいう奴なんだそうです。宇宙工学のなんたやらという能書きのついたチタンフレームの云々とかいう宣伝文句はともかく、見た目は細い針金を曲げて、一筆書きで作ったような、見た目はすごく華奢な奴です。
ただねー。これのいいところはその軽さです。少々レンズが小さめなので(顔がデカイという説もある)レンズのふちが視界に少々入ってしまっているのが玉にキズではありますが、掛けているのを忘れます。それくらい軽いです。しかもフレームに適度な弾力があり、わりあい頑張って顔にしがみついていますから、少々の運動程度では外れ止めを付けなくてもメガネが飛んでしまうこともありません。もちろん軽いので、その慣性重量が小さいということも効いているのでしょう。実際、メガネをかけていることを忘れて、メガネをかけたまま顔を洗ってしまったことが何度かあるほどです。

もうひとつ気に入っているのが、その無個性なデザインです。まあ先ほどのように一筆書きのできる針金状態ですからデザインもくそもない、と言われればそうなのですが。それはそれとして、個人的には「メガネが自己主張するべきではない」と思っているからでもあります。

目の前にいつも置いてあるものならば、そのデザインが愛着にもつながりますが、メガネに関しては使うものでもあり、しかも自身の顔に引っ付いているものです。「かわいい子には何を着せても似合う」かもしれませんが、いくら顔が良くとも自己主張の強いデザインのメガネは、自身の顔とケンカを始めかねません。勝つ自信のあるケンカならばやってもいいでしょうが、柴田自身はそれほど自信のあるほうでもありませんし、最初から相手の選択権がこちら側にあるのなら勝てる相手を端から選ぶ方が得策というものです。しかもその勝負の判定結果は往々にして自分が出すばかりではなく、他者に出してもらう性質のものであるなら尚更かと。

そんなことを思ったのも、めがね屋さんでの茶飲み話に「メガネを作りたいという人がいたんだけど、自分じゃフレームが決められないので奥さんに.....、という事で後日奥さんが出てきて。そうしたらまた自己主張の強い人で、あなたはこれにしなさいと決め付けるように選ばれたフレームがこれまた所謂デザイナーズフレームと呼ばれる類いのもので......、」あらあらと、いう話がありました。
もちろんご自身が気に入ればそれはそれ、人様の好みですからそれは勝手にしていただければいいのですが、殊、外回りの営業(それに限ることもないんですけど)という事になると、その人の判断材料は外見に因るだけになってしまいます。プライベートならそれこそ、どれだけ奇妙奇天烈な格好をしていようがいまいが知る由もないわけですが、自己防衛という事も含めて日常(orビジネス)仕様のモノはホドホドに留めておいたほうがいいのではないか、とも思う今日この頃です。ただ、それ以外のツマランところで自己主張の強いことが多い自分がそれを言ったところで説得力はないんですけどね。

2009年7月25日土曜日

大丈夫か日産?

以前にも書いたことがあるかもしれません。それは日産で売っている軽の事です。

昨日、とある方から電話がありました。
なんでもその方の妹さんが「普通車の経費が勿体無い」という事で5年落ちのティーダを軽自動車に変えようと思い立ったらしく日産のお店に行ったのだとか。そこで日産の軽(モコ)の見積りを貰い、下取を見てもらって追い金80万也、と言われたのだそうです。まあ、追い金が発生するような買い替えでは、経費の差額はなかなか埋まらないのが通常なんですけど。まあそれはおいといて。
要件としては「(新車値引きと下取価格の両方について)金額が何とかならんか?」というお兄さんとしてのお願いと「日産の軽自動車ってどう?」というお話です。

下取りに関しては年式と車種を絞れば今時の店頭価格がネットで調べられますから、そこから逆算して走行距離とクルマの状態にも因るにしても、おそらく5~60万位がいいとこだろうなあ、と。
値引きに関しては日産経由のスズキ車だからそれほどの値引きはないだろうから、もし本気でモコが欲しいなら、スズキのディーラーにいって「MRワゴン」を買い叩いて買ってきた方がいいでしょう、と申し上げました。
そこで言われたのが「何?日産で売っている軽は日産製じゃあないのか?」という事でした。そうです違うんです。今現在日産で売っている軽はカタログの一番後ろの隅っこに(見たところ)一箇所だけちょこっと「製造 スズキ自動車」とか「製造 三菱自動車」とか書いてあるんだけなんですよねえ。
「キックス(パジェロミニ)」「オッティ(ekワゴン)」「リオ(タウンボックス)」あたりは本来ジムニーとかワゴンR、エブリイあたりを日産としては想定していたのでしょうが、どうも日産の要求納入価格が低すぎて、さすがのスズキが匙を投げた所を引くにひけない情勢の三菱が受けた、という経緯があるとかないとか。さすがに看板車種はスズキも出さんだろうとは思うんですけどねえ。マツダには供給していますが(AZワゴン)。


近頃、浜松にある日産ディーラーは営業所の統合を始めています。有玉もそうですし、入野でもそう。計算上はあそこの営業所の経費とココの営業所の経費を足し上げて、統合した分の重複経費が浮いて、しかも2店舗分の売上を合計すればあら不思議。今までの赤字が消え、黒字にもなるし、営業所の新設だから減価償却分は落とせる経費も会社的には増えて、なんて思っているのでしょうかね。おそらく2店舗分を合併したとしても売上的には1.5倍がやっとだと思うんですけど。営業所の移転って、上が想定する以上に厳しいと思うんですよねえ。
どうも昔から日産って机上の論理でコケる企業体質があるような気がしてなりません。それでもなんとかやってこれたのは旧プリンス系の車種に不思議に思うくらい固定客というかファンがついてきていること。また、不思議とマスコミ受けがいいっぽい所。こういうところはホンダにも共通した所がありますけど。作っている側が意図したものではない、お客さんの側からの好意的な解釈(または誤解ともいう)によって不思議と成立・成功してしまった商品ですね。ぶっちゃけスカイラインなんて駄作ぞろいだとしか思ってませんしね。あとZとか。たまに出てくる「おお?」的な商品としてはプリメーラ(初代)なんかがありますけど、あれも初代で名を成して、あとは名前だけ利用されて消えていった可哀想なブランドでした。

ゴーンさんも最初の頃は鳴り物入りだったし、こんなに日産は変わった、とマスコミには取り上げられたけど、もっと事後検証しておくべきじゃあなかったんでしょうか?延命はしたかもしれないけど、本当に良くなったのか?という部分で。
だって、すっかり国内第3位というよりも実はすでにマツダとどっこいどっこいの台数しかこなせないメーカーに成り下がって(失礼!)いるんじゃあないのか?って思ってるんですが。
まあ、それでも、あれだけ昨年の夏までは「さすがはトヨタ大先生。すばらしい世界戦略です。どうやったらそこまで素晴らしい業績が残せるのでしょうか。トヨタメソッド・カンバン方式は世界を席捲しました。マンセー」一色の報道が、半年もしないうちに「トヨタ崩壊」などというタイトルをでかでかと掲げられているのが実情ですから、マスコミ(もしくは「目を引く報道」が収入源たる経営形態そのもの)
を信用するほうがマヌケなのかもしれませんけど。

さて、日産さん。そろそろ独りよがりな新車開発はさておき、こすっからい目先の商売も大事でしょうけど、作っている自分達が欲しいと思える、日産のプライドをかけたクルマを作ってもらえないでしょうか?お願い致します。

2009年7月23日木曜日

陽子線治療4

医療の現場の方からの感想をいただけると、それはそれ、なるほどなあと感じます。

陽子線治療推進というか、そのセンター長の方からすれば「何でもっと周辺病院は紹介してくれんのじゃろか?だってこんなにいい方法だよ?欧米ではこんなに実績のある方法なんだよ」という所でしょう。
得手不得手の箇所や症状(日本人に多い胃がんは陽子線治療法に於いては不得手としているのだとか)はあるにせよ、当人からすれば「こんなにいい設備で、こんなに患者さんも喜んでくれている」という気持ちは強いでしょうし、採算分岐点として設定している年間患者数400人という所は、まあ私企業ではありませんから気にしなくとも良いという事ではないにせよ、一応ねちねちと周囲から言われているでしょうし。

病院側というか担当医師からすれば、コロパパさんも仰っていたように患者さんの命運を握っていることもある以上、おいそれと博打を打つわけにもいかないでしょうし、出来れば確実性のある手段を取ろうとする、という判断も止むを得ない所かな、と。
「欧米では治療実績のある....、」といわれている箇所なんですが、彼の地(特にアメリカ)は自由診療のお国柄ですから、おそらく患者の側から「こういう治療をして欲しい」と事前に調べもするでしょうし、自分でそういう治療をしている施設まで出向いている、という行動パターンの成せる業という事はありはしまいか?という気もします。
日本の場合は、浜松あたりでは「とりあえず聖隷へ行く」という風がある気はします。そこにお任せコースで行き、あとはそこの医師に全運命を丸投げする、という感じですかね。少なくともウチの周辺に関しては。コロパパさんによれば最近は「モンスター患者」なる人たちまで居るそうですけども。

以前、陽子線治療費の平均金額が230万円前後と言う話を出しました。これにしたって自ら出向いている人たちなら無論承知の上でしょうけど、皆保険であるはずの健康保険が一応完備されている日本では寝耳に水の出費にもなるでしょうし、仮に陽子線治療を紹介する医師の側としても、少なくともそれだけの負担を強いてしまう治療法を紹介するだけの度胸というか何というか、言っちゃってもいいものだろうか、という気持ちもでるでしょうしね。静岡ならばわざわざ御殿場方面まで行かなくちゃ行けないわけだし。通院で良いとはいっても、高速で通うほうがお金がかかるような気も....。

お金の負担と体の負担。治療実績と話に聞くだけの海千山千の話。ま、たしかにこういう状況ならセミナーの講師の言うように「手の打ち様のない状態の患者さんが紹介されてくる例が多い」というのも分からなくもありません。また、患者さんの側から言い出さないと「では、陽子線治療にしましょう」とはなかなかならないようだ、という講師さんのお話も頷ける話です。
基本的には地元の病院から患者さんが紹介され、がんセンターでは陽子線治療の適否を判断してから陽子線治療を始める、というスケジュールのようです。このため、先ずは医師に「がんセンター」を紹介してもらわないことには話は始まらないようです。

ただ、こういうことになると「患者自身が治療法を選ぶ」という事にもなる訳で。患者の側から言われれば「まあ本人がそういうなら、どうぞ」となるのか。どっちがいいんですかね?
施設の建設金額が初期投資100億、年間維持費8億(減価償却除く)という事ですから、これだけの金額をガンのためだけに1私企業がつぎ込めるのか?となるとどうなんでしょう?という事は身近にこういった治療施設を目にする機会も医師の側にはあまり無い、という事にもなるのでしょうか。そうならばセミナーの講師も、もっと地元の病院に対して情報公開や紹介依頼を積極的に行っていく方がいいのでは?という気もします。
ただ、コロパパさんの仰ることをそのままとれば、外科手術の中ではガン関係の手術がおよそ半分近くを占めている、ということですから医師以外の、病院の総務部とか医事課あたりの人たちにとっては、そうした外部からの情報提供はあまり歓迎したくないものなのかもしれません。

2009年7月21日火曜日

おたく


今時のオタクといえば、アキバに萌えにロリコンに、といった感じの根暗なアニメオタクというイメージが通り相場かと思います。
ただ、小学校の頃にスターウォーズの洗礼を受け、ヤマトを見、ガンダムの初回放映を目の当たりにし、もっと幼少の頃にはウルトラQは生まれが間に合わなかったにせよウルトラセブンの頃には物心がつき始め、小学校にあがり始めた頃にゴレンジャーが始まり、その少々前に仮面ライダーの初代がテレビ画面を駆け抜け、ライダースナックなんかも大流行、人造人間キカイダーなんかも放映されていたりと、あの頃少年少女を過ごしたお子様たちは多かれ少なかれ、その後、立派なオタクになるべくその根っこを植えつけられたといっても過言ではないのではないか?と思ったりもします。無論柴田もその1人だったりするのですが。

ただ、中森明夫の名づけたといわれる「オタク」ですが、その命名前後の時期の語感と今の自称オタク達とは些かその方向性のニュアンスが異なるような気もしています。

冒頭掲げたように、今のオタクに対する印象としては「ロリ」であったり「萌え」などといった単語に非常に敏感な、幼女趣味傾向の非常に強い「単に根暗なスケベ共」といった感があります。たしかに中には、そういった方向の造形物を中心とした、特にフィギュア関係に顕著な、3次元の造形物として見ても非常に先鋭的なモノを作り出す「作家」と呼んでも差し支えないレベルにあると思われる人たちも存在します。(ちなみに村上隆に関して、個人的にはプロデューサーではあってもアーティストといわれると違和感を感じます)
また、彼ら造形物製作者にとっては中世の貴族に召抱えられた画家と同様、食っていく為には金ズル(パトロンともいう)を必要としますから、自らの趣味や属性も手伝うでしょうけど、パトロン達の好みそうな対象物に手を染める、という事も理解できることとはいえます。例としては「裸のマハ」とかね。


当初のオタクたちといえば、もちろんその絶対数の少なさともあいまって、非常に濃いというか先鋭的な存在であることに妙に意識的なところがあったな感じがします。この変の空気と言うか時代的な感じはオタキング「岡田斗司夫」氏の著書である「オタク学入門」なんかをお読みいただけると大変ありがたいところです。
じゃあ柴田は?と言われると、少々時代に乗り遅れたというか、生まれるのがもう少し早ければ、なんていうと伊達政宗みたいでいい感じですけど、地方都市浜松に生まれ、ホビージャパンとかを読みこなしつつ、オタク達の周辺情報の収集には余念がなかったのですが、いかんせん経済力もなければ、工作力・造形力もなく、それをカバーしうる行動力もなかった、という所ですかね。
でも、オタキング岡田氏が当時主催していたゼネラルプロダクツの会員であったり、一時食玩で一世風靡した海洋堂の名もすでに小学校高学年の頃には知ってはいました。今はビックイベントになってしまいました毎年2回開催されているワンダーフェスティバルですが、その開催当初5~6回目くらいの時期に、浜松町にある貿易センタービルで開催していた頃に顔を出したこともありました。大学行っていた頃ですね。

また、今日びはオタクの町といわれるらしい秋葉原も、学生当時は電気屋の店員としての「勤め先」でもあった事もあり、何気に非常に複雑な気持ちでもあります。まあ、たしかに三省堂の書泉グランデとかもあったりはしましたが、メイド喫茶やらアニメショップが、とか言われると、なんだかなーと。オタクって何気に理系気質の強い所はありましたから、電気屋街、コンピューターショップの立ち並ぶ町というところで似たもの同士の安住の地という感覚はあったのかもしれませんけどね。

そういった時代を過ごし、立ち位置であった人間からすると、ここ数年の所謂「オタク」たちと言うのは下心丸出し過ぎるというか臆面も無いというか、見ていて赤面しちゃうようなことでも臆面も無さすぎるような気がしてなりません。言葉を変えると獣性丸出し、という感じですね。
PS2登場後しばらくしてからコンピューターゲームが売れない、と随分と話題になりました。曰く「インベーダーゲームにはじまり、ファミコンの洗礼を受け、ブームを支え続けた第一次コンピューターゲーム世代が30歳を超え始め、年代的にゲームにお金を使えなくなってきた」なんていう評論も目にしました。でも、それってそのまま俺らの世代じゃん、とか思いましたが、同時にそれらの世代がオタクの先頭を切って走っていた、とも言えるのかなあ。それが知らないうちに今の世代を引き連れてきて今のような状態ともなっていることを思うとなんだか悲しくもなるねえ。

2009年7月20日月曜日

コロパパさん、いつもコメントありがとうございます。
うーん。なるほど。何処を重視するかによっても変わりますしね。ウチのオヤジの場合は保険診療の範囲内で出来る治療、といっていたはずですし。

同じレベルの話になるのかは分かりませんが、例えば歯科のインプラントという治療方法があります。自分の理解の範囲内では、地盤の固い骨の部分にまで何本かの杭を埋め込み、それを土台として義歯を固定する療法と理解しています。
最近、家を施工する前に地盤改良と称して、地質調査を行い、固い地盤の位置やその分布を計った後にコンクリートの柱を地中に生成する(ドリルで穴を開けつつ、そこにコンクリートを練りこんでいく)、という工法があるようですが、乱暴な見方をすればそういうことなのかな、と思ったりもしています。

ただ、これはオペラのHPでも言われていることですが、インプラントは素晴らしい療法ではあるにしても、必ずしも万能ではない、というか適材適所に使い分けることも重要、という紹介のされ方をしています。(少なくともそのような印象を受けています。)
ひとつには治療費の問題。またその期間。ただ単に穴を開ければそれでいいというわけではなく、却って手を入れることによって生じるかもしれない不都合も事前に考慮しておかなくてはならない、という困難さですね。
レベルは非常に低い話ではありますが、保険(特に生保分野)に限らずクルマに関しても、「自分が関わることで却って、その人にとって負担になってしまっていることはないか?」というのは個人的には注意を払いつつ、常に危惧していることでもあります。まあ、臆病っていえば臆病なんですが。

2009年7月19日日曜日

陽子線治療3

コロパパさんのブログで「保険請求の診断書を書くのがメンドクサイ」旨の文章がありました。

実際、保険請求をする際(に限らないけど)の「信頼できる最後の砦」として医師の診断書もしくは所見を求めることは多々あります。一つはそれだけ信頼するに足る資格を持つ人、という認識があるからでしょうし、逆の見方をすれば、そこしか信頼という名の引っ掛かりが無い、という言い方もできるでしょうか。

医療保険に関して言えば、保障内容の通算という、募集人側の確認項目はあるにせよ、あくまでそれは確認できた内容の範囲内の事であり、契約者からそれ以上の情報開示が無い限りは、事実上そこまでの作業となってしまいます。
あ、保障内容の通算ていうのは契約者の職業や年収から逆算した「アンタの稼ぎなら加入する保険・保障内容はこの程度で十分だろう?」という保障金額の設定上限です。先日自殺したロス疑惑の三浦さんとかじゃあ無いですけど、保険金目的の殺人が珍しくない今日この頃、あまりにも高額な保険契約はモラルリスク上好ましくない、という判断から最近では未成年の死亡保険金は1000万を上限とするとか、各社に分散してかけてある保険金の総額でも3000万円を上限とする(あくまでも例えとして)などといった自主規制があります。これが医療保険なんかでいうと入院日額は上限15,000円とするとかという規定ですね。

自動車保険では運転者と同乗者の怪我に対しては「搭乗者保険」という保険が主にそれらの保障を受け持っていました。この保険では入院日額いくら。通院日額いくら、という支払い方が主流だったんですが、中にはこれを悪く(うまく)解釈する人が続出して入院日額15,000円、通院10,000円という契約をする人が現れたんですね。通うだけで10,000円(事故日から180日以内で)くれるなら、毎日通っちゃうよ、なんて人もいたわけです。
最近ではこの日額制限も厳しくなり、基本的には入院日額10,000円、通院日額5000円以上の契約は社員照会契約(事前申請をしないと引き受けてくれない契約)となってしまいました。それ以上に、こうした日額支給方式もすでに保険会社的には嫌われ始めており、今では「部位症状別・定額払い」という、傷病別診断名(これも診断書に書かれた傷病名を根拠とする)によってすでに支払い金額が決まっている保険に切り替えられてきています。


さて、なかなか陽子線治療に行かないんですが。
個人的に思うのは、医療機関にかかる際の情報公開を、もっとして欲しい、というところでしょうか。自分自身、初めての入院の時には「一体いくら請求されるんだろう?」とドキドキしながら第一夜を過ごしたものです。そしてあちこちに貼ってある「医師や看護婦(当時)に対する謝礼は受け取れません」という紙を見ては「払っている人が多いということか.....」と思ったりしました。
でも実際は、ごく一般的な治療であれば高額医療制度を使えば1ヶ月分の治療費として8~9万円の備蓄があれば何とかなるものです。食費は入院していなくてもかかるものですし、パジャマだって持込で十分。どうせ治療に専念するだけなのですから、あれやこれやと心配する類いのものではないような気がします。
それより心配すべきなのは「入院する(働けない)ことによる減収」では?と思っています。
ある意味、必要性の薄い医療保険があの程度の金額で提供できているのは、請求事案件数が少ないことによるものだと思います。保険料を見ると60歳近辺を境に二次関数的な上昇カーブを描いていますが、この辺が実績を鑑みた結果なのでしょう。
それと同様、所得保障保険の保険料は計算すると微妙に割高なので、正直その加入を一思案してしまいます(個人的には未だに未加入)。また、近年よく話題になる介護に関してですが、これについては介護補償保険と称する保険商品があります。これも支払い保険料に比べ、支給する際の支給要件が厳しく、また支給金額が比較的少額に感じます。
両方とも「保険料を支払う確率の高い」保険としては致し方ないのかな、とも諦めているのですが。自動車保険のように加入率が高ければまた別の視野が開けてくるのでしょうがねえ。


前回の「陽子線治療1」で、陽子線治療の実施実績人数が少ない、という事を書きました。これはウチのオヤジの例でもそうでしたが、「がん」と言われれば、その時からお医者さんは患者さんにとっては神様になります。そして唯一の情報源という事でもあります。
で、ここからがグレーゾーンになるのですが、お医者さんとしては「何とか自分のところでできることはやりたい」という意識が働くものなんでしょうかねえ?もちろん今までは自分の所でできる事はやってきた、という意識はあるでしょうけど。
先日のセミナーでは今回新設される福井の陽子線治療設備の方が来てくださったのですが、その方曰く「トヨタのお店で『日産車をください』とは言えないでしょう?」という例えで説明していました。とにかく地元の医療機関からの紹介患者数が無い、という事らしいのです。お医者さんが過去の柴田のように「今月の一台」じゃなく「今月の1人」なんていっていることは無いと思うというか思いたいところなんですけどね。
ちなみに、トヨペット在籍当時は新車のセールスであったにもかかわらず他メーカー・他ディーラーの新車を売ったことも少なからずありましたし、新車を買ってもらったことはないけど、中古車を買ってもらったことはある、というお客さんも何人かいました。保険の付き合いしかなかったという人もいましたねえ。今でもお付き合いのある方で。まあ、思えば変なセールスだったんでしょう。

もう少し続きそうですね。

2009年7月18日土曜日

陽子線治療2

先日の陽子線治療の続きです。

個人的には、通常の医療保険というものに関しては疑問を持っている一人です。
アリコ入社当時、今まで考えもしなかった医療保険に関しては、新人研修で言われたことを鵜呑みにする他の具体的な考えはありませんでした。データとしては、高齢者が増え医療費が増大し、それこそ国家予算をほぼ食ってしまうほどの請求規模になります。生保業界としては「このままでは健康保険は崩壊してしまう。だからこそ自身で医療保険を用意しておくべきなのだ。」という論法なのですが......。
柴田自身では、今までに3回入院を経験しています。1度目は甲状腺摘出(片方)手術。2度目は扁桃腺。3度目は交通事故(バイク単独)による各部の骨折で、です。

で、お金の面に関してぶっちゃけどうだったかというと、実際の所は医療保険に入っていると儲かってしまいました。
1度目は入社して間もなくいつの間にやら加入させられた三井生命の生保。そこから入院日額1万円×11日+手術給付金とかで26万円ほど貰いましたが退院時に支払った医療費は15万円ほど。大部屋への入院でしたので差額ベッド費用とかの加算もありませんでした。しかも当時の高額医療制度(こんなものさえ知らなかった)は月額上限医療費が3万円程でしたから、医療保険から貰った金額(+周囲の人たちからのお見舞金)はほぼそのままおこずかいに移行しました。
当時月額15,000円ほどの保険料でしたが、「入院時に儲かる為に毎月15,000円も払ってるんならそんなもの止めて、その分貯めておいた方がいい」と思い、生保は解約してしまいました。そうしたら解約返戻金なるものが支払われまたしても儲かって(?)しまいました。
2度目の入院の時には、新車を買ってもらっちゃった生保のおばさんがいまして、その人にムリヤリ入らされた(でも保険料を1年分だかは払ってくれた)某富国生命の医療保険に入っていました。まあ、色々突っ込みどころが満載なわけですが、それはともかく。
このときも10日ほど入院をして出てきたわけですが、入院費は10万+差額ベット費用が2~3万だったかな。医療保険からはまたしても15万くらい支払われましたのでこれまた黒字に。
3回目のときは自身で加入していた医療保険がない時代でした。それでもあの時は労災が適用されたし、入院着は小さくて着れないので持込のパジャマでしたし、大部屋だったので差額ベッド代もなかった(労災の時って差額ベッド代がかかるのか、未だに知りません)、という具合で、このときも特に入用な事はありませんでした。このときは親が自分に掛けてあった生保(JA共済)の給付金を僕に呉れたので、結果的にはまた26万円ほど儲かってしまったのかな?という感じです。

もちろん儲かってしまった原因の大勢は健康保険制度のおかげであり、労働災害制度(帰社途中の事故だったので)の適用のおかげであった訳ですが、実際これらの制度さえしっかりしていてもらえれば特に医療保険に加入する意味はないなあ、と思っています。実際、自己負担比率云々はあっても廃止はできんだろ?とも思っていますしねえ。
もうひとつ印象的な出来事がありました。今でもお付き合いがある某Aさんとのお話の中で「医療保険なんて、必ずしも必要ない。だって総額200万円からの保険料を支払って、自分が入院するかどうかも分からないし、入院しなければ貰えない。その程度のものならば、入院費用を貯めておいて、その時に現金で払えばいい。」と言われた事が決定的でした。「ああ、そうか」と。実際保険会社としても「儲かる見込みのない保険は売らないし、開発しない」しねえ。

入院すると大変なんて言っていても実際には健康保険の適用(交通事故も可)がありますから、注意すべきは高額な差額ベッド代を請求される部屋に入らないこと(もしくは「払えません」と、事前にはっきりと病院側に伝えること)ですね。保険会社の用意している高額請求例としている資料をよく見ると「(高額な)差額ベッド代」はもちろん、食費とか、お見舞いの時の交通費や食事代なんかも入っていたりして目が点になったことがあります。1ヶ月という暦の締めの関係もありますが高額医療制度もあるので、一定度以上の金額は(一旦は入金しなければならないにしても)返金されます。近頃は病院側も待っててくれるところも多いみたいですし。


こんな感じで(経緯で)医療保険に関して疑問を持っている人間なんですが、唯一「これくらいなら入っててもいいか」と思っているのが「がん保険」ですね。
もはや3人に1人、という高確率ですからねえ。そのうえ2015年くらいになると団塊の世代の方々がポイントオブノーリターンというか、65歳を超えてくる(65歳を超えると「がん」への罹患率が高くなるらしい)時代になったりもします。ココまでくるともう2人に1人という発症率になるのではないか?という事らしいです。
で、また困ったことにガンの治療技術はまだまだ日進月歩という状態ですので、保険適用の対象療法か?という面では非常に境界線付近をウロウロするものが多く、これは、というものは自由診療だったり、という感じです。
このため、がん保険に関してはまず「診断給付金」を先にくれる、というスタイルが多く取られています。また、入院日額が比較的高額に設定されているものも見られます。そして、近年出てきたのが「高度先進治療」の治療費に関する給付です。完全に「治療する」ことに重心を置いた保険ですね。



ただね。まだサラリーマンはいいと思うんです。だって給料はくれるもん。困るのは自分のような個人事業主。だって、動けなくなったらお金になりませんから。

なかなか陽子線治療に行きません。次回に続きます。

2009年7月16日木曜日

陽子線治療

しばた新聞手配り版の配達も何とか終わり一息ついたところで、一つこういうセミナーがあるということで行ってまいりました「陽子線治療セミナー」。

早い話が「ガン治療法」の事です。

例えば今までの治療方法としてメジャーなものは「外科手術」によって患部を摘出・切除するであり、抗がん剤による治療であったり、放射線の照射によって患部を焼くといったものであるように思います。
いずれも「何らかの方法」によってがん細胞の活動を絶つことを目的とした手法なわけですが、各手法に共通して問題になるのが、がん細胞に到達するまでのルートとなります。

がん細胞の摘出・切除に限らず、体への侵襲という事は大きな問題というか壁となります。
例えば外科手術とは、とある家の中にある胡椒の瓶を取ってこようとする時に「パワーショベルでもって家の壁を壊し、おそらくこの辺というあたりをごっそりと掬ってくるようなもの」です。もちろん一番いいのは、きちんと家の玄関から「お邪魔します」と声をかけつつ、靴を脱いで台所に行き胡椒の瓶だけを取ってくる方法です。ただこれが「出来ない・難しい」。
ウチの父ちゃんは先年、前立腺がんのため、オチンチンの大半と玉を切除されました。無論本人の了承の下の行為ではあったのでしょうけど、オチンチンのように体外に突出している物体の中のがん細胞の切除でですらそうです。もちろん転移を恐れてのことではあったにせよ。
出来れば術中は病院に居てほしいとの本人の言葉もあり、待合室に待機していました。術後の医師からの説明も聞き、実際に切除されたオヤジのオチンチンと玉も見ました。仕方ない事とはいえ「あーあ」と思ったものです。いろんな意味で。

ナノマシンの医療分野への応用に随分期待がかけられている旨の文章を目にしたこともありますが、これも体の中の健康な組織を傷つけることなく患部まで到達し、切除・投薬等の治療行為が出来るのではないか?という期待のもと、と聞き及んでいます。
薬による治療行為はごく一部の部分のものの為に体全体を薬浸けにしますし、強力な細胞に作用させるにはそれなりに強力な薬剤も使うでしょう。無論、その副作用も懸念されるところです。外科手術をするにも、生きたまま、痛みは抑えるにしても言葉通り「体の中をまさぐられる」訳ですし、患部に到達するまでにはそれ相応の通り道の確保もあり、転移を恐れての周辺部位の切除も、進行具合によっては相当の部位に及ぶでしょう。
例えば乳がんなどでは乳房だけではなく胸襟や脇にあるリンパ腺までが切除対象部位になってしまうのだとか。快方に向かうのが第一条件ですから求めるものが多岐に亘るのも酷な気はしますが、それでもこれでは腕を上に上げることにすら難儀な動きとなってしまうようです。



それらの事を念頭に置いた上で陽子線治療についてなんですが。
長い前置きにもあったように、陽子線治療とはすなわち「がん細胞へのピンポイント攻撃」を行う為の、今現在有力視されているらしい(僕は医療関連の当事者ではないので)ツールです(だそうです)。

ものすごく大雑把な印象でいうと「水素イオンを光速の70%程度まで粒子加速器で加速させると、体内の35センチ程度のところまで水素イオンを到達させることが出来るのだとか。あらかじめ体内のどの部位にがん細胞があるのかを厳密に特定したうえでピンポイントで加速させた水素イオンを打ちこみ、がん細胞だけを潰す(焼く?)、のだそうです。
こうしたピンポイント治療の為、基本的に入院を必要とせず、治療時間も実質10分程度、施術直後も特に生活に気をつけることもなく、通いでいいのだそうです。


何でこんなことを保険会社主催で代理店相手のセミナーを催したかと言うと。

この粒子加速器を使用した治療設備による陽子線治療の治療費ってものすごく高いんです。治療部位や機器の使用回数、地方の所轄官庁の意向によっても違いますが概ね200万超かかるそうです。
もっとも、新規施設建設に100億。減価償却なしの施設維持費だけで年間8億ということだそうですから、これでも大バーゲン価格らしいですけどね。一応、採算分岐点の治療患者数は年間で400人(逆に8億円を400人で割ると上記の金額くらいになる)だそうですが、色んな理由で患者数がそこまで集まらず、静岡の国立がんセンター実績で年間150人に満たない程度です。

ただこの治療方法は、保険でいう「高度先進医療」として認められている療法ですので、「高度先進医療特約」なんかがついている医療保険ならこの200万オーバーも「保険で賄える」治療方法になります。ただ、残念ながらこの特約の登場はそんなに前のことではありませんし、新たに特約くだけを付加できる、としている医療保険を寡聞にも知りません。ということで、新たに入るしかない、というところが狡すっからい所です。医療保険のずるい所ですね。とにかく後になってからのほうが遥かにいい特約や保証が開発され続けている、という。


そんなわけですので、とりあえずはあちこちでこの「陽子線治療」って知っていますか?という宣伝だけをしてみることにしました。
先ずは、こういうものがある、という事だけ知っててもらえれば本人の選択肢も増える訳ですしね。あと、それをどう生かそうが、それは聞いた人の自由ですし、それ以上のことを期待もしていないし。
そんなわけで、今日の記事は「先ずは、ご紹介」をさせていただきました。

2009年7月14日火曜日

なんだかなー、という感じでいつの間にやら解散宣言だけはしてしまった麻生君。
やるやると言いつつ結局は口だけで、一向に何をやっているのかが見えず、言ったら言いっぱなしで自らの尻拭いさえ出来ず、「解散時期は私が決める」と口だけ格好はつけては見たものの、それが何の効能を示すことなく、結局は最悪の時期、つまりは言っても「何をこんな時期になるまで引っ張って」といわれ、仮に言わなかったとしてもすぐあとに任期満了が来てしまっていただけ、という。

つまりは「無能の人」だったことを図らずも再認識させられただけに終わってしまったなあ、と。

しっかし。

この人友達いないんだろうなあ、とかわいそうになりました。
腹蔵なく話が出来る人がいなくって、結局はホテルで一人酒か?となんだか寂しくなりました。
別に一人が悪い訳ではないんですが、人間、孤独がそう怖くない人と、実際は寂しがり屋な癖に虚勢を張っている人と二通りあるんだと思います。前者の典型例が小泉君で後者は麻生君なのでしょう。麻生君としては出来ればちやほやしてくれる取り巻きや慕ってきてくれる人たちが大好きなんでしょうが、相談したい時があっても「聞き役」に回ってくれる木石(つまりは黙って聞いてくれる人という意味で)になってくれる人が居ないんでしょう。もしくは決断を後押ししてくれる人というか。

ですから、何とも不安そうな顔でインタビューに答える、あの悲痛ともいえる顔つきは「ああ、人間が壊れてきているなあ」という感じでした。逆に4年前に小泉君が嬉々として議員バッジを取って「さあ、これからは選挙だ」と左右に笑いかけていたのを強く思い出してもしまいました。
「信を問う」っつったって、じゃあその次は?ってなもんです。
それこそ江戸時代末期の将軍家定でしたっけか。「紀州の徳川慶福と水戸・一橋慶喜とどっちが好きか?」と当時の大老井伊直弼に聞かれ「紀州好き、一橋嫌い」と答えたとか。それを言質にして将軍後継問題に収拾をつけた、とかいう話が司馬遼太郎によって書かれていましたが、それとどの程度違いがあるのか?
また、反麻生とかいっても、「麻生君じゃあ選挙に勝てない」っていう本音だけでしょう?だからといって自らが強烈な旗印をあげるというところまではいかず、自らが酔える国家戦略もない。まあ、マタニティヌードってキレイですよね、なんていってる変な大臣が現職な程度ですから多寡が知れている、といわれればご尤も、って所なんですが。

北に対しても、どうせプルトニウムの再処理工場を稼動させるだけの原料を持っているのだから、「どうせならおれっちも核の一つや二つ作っとこうかなあ」ぐらい嘯いておいてもいい気もするんですけどね。唯一の被爆国であるわが国だからこそ核の真の痛みを知り、なおかつ将来の為に真に生かしていくことができるとか何とか言っちゃって。
けんか売られても、いつものび太君だから舐められるしイジメられてるのにさ。

どっかのマンガに「こちらが優位に立った時にこそ、頭は下げるもんだ」と嘯く敵キャラがいましたが、麻生君、どうせマンガ読むならそういうのを読めよなあ。ストレートすぎる。
お話が好きならお話を作る側に回りなさいよ。読ませてもらって笑うだけなら馬鹿でも出来る。それこそ総理大臣になったんなら好きなだけお話を作れる側じゃんか。作んなさいよ。あんた引っ掻き回されてるだけじゃんか。それともオレは吉田茂の孫なんだから、誰かが主役に仕立ててくれるはずというか、主役に引き立てられる役回りのはずで、そういう風に仕向ける演出者がどこかにいてくれるはずなんだが、なんて勘違いしてるんじゃあないの?





なーんて、ちょっぴり思ってしまいました。
でも、民主党にもストーリーテラーは居そうにもないし、ヨタ話というか世惑いごとを口走っている時もあるのでこれはまたこれで気が気じゃあありません。

2009年7月7日火曜日

エアバック

コロパパさんのエアバックに関する記事を目にしたあとの感想です。

当時も今も非常に残念に思うのは、トヨタでいうGOAの宣伝以前に行われた「エアバック」全能キャンペーンです。
当時日産の販売はボロボロでした。そんななか、販売のトヨタ、技術の日産とかつて言われていた日産は宣伝キャンペーンに手を染めました(今でもそういうキライはあるけど)。その中のひとつが「エアバックキャンペーン」です。
個人的な印象でいえば「エアバック」は諸刃の剣です。ドイツのようにこうだ、と言われれば素直に従うらしい、噂に聞くアウトバーンのきっちりとした走行速度による車線維持が守られる国民性ならいいのですが、少なくとも日本においてはそういう「統制好き」はお上だけのものであって、実際にはてんでバラバラというのが現実です。
少なくとも爆発物が目の前に鎮座しており、その所定の前提条件の下で所定の性能を発揮するように作られているエアバックは、その前提条件が変わってしまっては所期の性能を発揮できません。
そうした特性を持つエアバックを日産は「ついていれば安心」という誤解を生みやすいCMを作ってしまい、さらにはエアバックが付いていない車は安全ではないという、同業者からすると「ホントカヨ?」という非常に危うい状況を作り出してしまいました。当時の販売状況では「これエアバックついているの?」という言葉が多く聞かれたことからしてもその功罪は大きな物といわざるを得ないと思います。

正直な所、大多数の日本人のように、クルマを安楽スペースと考えているとしか思えない運転姿勢をとっている人たちにとってエアバックは危険なものでしかありません。
以前書いたことがあったかもしれませんが、エアバックはあくまでも「サブ レストレインスト システム」であって「メイン」の乗員拘束システムではありません。しっかりとシートベルトをし、なおかつシートの角度が21度前後の背もたれ角度を想定しているシステムです。誤解を恐れずに言えばその想定運転姿勢と搭乗条件を満たしていない場合はエアバックを作動させるべきではありませんし、それが守られない人のクルマには装着するべきではない、とすら思っています。。

似たような例として「サイドインパクトビーム」があります。横方向からの衝突に備えての乗員保護バーの装着の有無に関して、これは安全差別ではないか、という論調が当時ありました。こうした突き上げに対し自動車メーカーは即座にインパクトバーを標準装着とすることで対応しました。技術自体はあったということです。
ただ思うのは、ここまで信号機が異常な頻度で設置されている日本と、信号機の無い交差点が一般的らしいアメリカの交通事情での事故例を横並びで比較する神経は如何なものか?という事です。かえってインパクトバーがドアの内部に装着されていることで、内部に押し出されて変形した鉄板が乗員を攻撃してしまった、という事故例もあります。
とある装備されていることが万能の安全を保証する、という論調が行き過ぎてはしまいかと思うことは往々にしてあります。で、またそれは往々にしてCMであったり、大新聞様の安全キャンペーンによってメーカーが突き上げられる、という構図が多いような気もします。

メーカーも馬鹿じゃあありません。それが自社のイメージ向上になり、商品力向上につながると判断すれば多少コストが上昇することがあっても、その装置の標準装備化に躊躇することはありません。それこそ先に採り上げた日産の「エアバックキャンペーン」に対しトヨタは即座に「エアバック+ABS」の全車種標準装備化に着手しました。それもほとんど価格上昇の感覚を伴わない範囲でです。それまではエアバックひとつで35000円とか、ABSのオプションに10万円は払っていたのにです。

どうもメーカーという存在は信頼が薄いようです。らかすさんでも「標準装着のタイヤは安物で市販品のタイヤの方が高性能なのか?」という投稿内容がありましたが、それはまったくの誤解です。それはどこを目標として最適化されたタイヤであるのかという事であり、基本、標準装着のタイヤは納入価格は安く(500円程度らしい)抑えられているという事はあるにせよ、その内容はその装着車種専用のスペシャルチューニングタイヤです。持ちが悪いとかいうのは、設定性能の上位に「タイヤの初期性能の長期維持」が位置していないだけの事で、ほとんど全てが流れ作業で作られているタイヤで、それだけ低コスト(何処が?)なタイヤを作る方がかえってコスト高になるハズなんですが。要求項目がうるさくとも数がまとまる標準装着車のタイヤなら安く出しても勘定を合わせてくるはずですけどね。

一度だけマークⅡのライン装着品タイヤを部品として取ったことがありますが、なんと1本25,000円ほどもしてびっくりさせられたことがあります。メーカーとしても「それ1本だけ特別品を作るのは手間がかかる」わけです。

ベンツC200の取扱説明書を読んで感心させられた箇所のひとつに「エアバックキャンセルスイッチ」がありました。
基本的にはチャイルドシートというものは助手席に装着すべきでない、という認識が基本です。後席では子供がむずかるから、などという甘っちょろい言葉に惑わされることはなく、チャイルドシートは後ろの席に装着するのが基本なのです。子供がむずかるのなら、それに慣れさせる。子供を乗せるのならばより生存性の高い後席に乗せるのが親としての責任であるとの認識は必要です。
ただ、どうしても、という状況が生じることもあります。このためやむなく助手席にチャイルドシートをつけざるを得ないこともあるでしょう。ところが助手席はハンドルなどの、ダッシュボードとの間の構造物が無いため、運転席のエアバックが60リットルから80リットル程度の容量なのに対してその倍、120リットルからそれ以上の容量があります。ここにチャイルドシートを装着するのは危険です。特に後ろ向きで装着すると、衝撃の際にもろに赤ちゃんの後頭部にエアバックの衝撃がくる事も考えられるからです。
このときの為に装着してある助手席エアバックを作動しなくさせる為のスイッチがベンツにはありました。今のベンツにあるのかは知りませんけど。

かほど左様に自動車の周辺事情は複雑化しています。そこまでする必要があるのかはともかく、メーカーの企業努力・周辺事情への配慮には感心させられるところが多いものです。
ただ、意識的にせよ無意識的にせよ、それを白紙にしてしまっていることがありはしまいか、という自問自答は意義のあることのように思います。

2009年7月6日月曜日

それぞれの目

クルマを取り巻く視線には大まかにいって、オーナーである所有者から見た目と、そのクルマをフォローする側である営業サイドの目と整備する側であるメカの目とがあるように思います。
簡単な整備は自分でもこなしますが、整備士の資格を持っているわけではないので重整備や要保安部位に関わる部分の点検は下請けの工場に任せます。このため、今現在はオーナーという視線と営業サイドの目を以ってクルマを見ていることになるでしょうか。

誤解されやすいかもしれませんが、営業サイドの目とは、自分だったらこうする、というクルマ関連・周辺のプロとしての目線で、クルマの保守を見守っていくという意味です。又は、仕事を請けるにあたってメカニックとオーナーとの間の意思疎通や要望の伝達を双方の共通言語に翻訳しつつつ、すり合わせをしたり、方針を決定したり、と言ったらいいでしょうか。
メカニックにはメカニックの経験に基づく方針ややり方があり、オーナーにはオーナーのそれぞれの異なるレベルでの要求事項があります。中には変な雑誌による変な情報に毒されている方もあれば、思い違いや思い込みによる誤解事項もあったりします。そうした点などは受け入れの時点で誤解を解いておいたり、概略の説明を最初にしておけばすんなり受け入れていただけることが多いものです。


ところが最近多いのは、いくら受け入れの時点でこちらが細心の注意を払っていても、実際のメカニックの勝手な判断で「このくらいでいいだろう」という整備で済まされてしまったり、時間の約束をしてクルマを持ち込んでいるにもかかわらず、先方の作業進行や先方のお客さんの都合でこちらの時間の約束がずれてしまったりすることが少なくないことです。
「メカニックを急かしてもいいことはない」とは先方の言い分ですが、こと時間の約束や仕上りの約束を「プロ」として交わし、お金を即金で支払う以上、一定以上の作業レベルを維持してもらわないことには営業サイドの人間としてお客さんに合わせる顔がなくなってしまいます。
また、こういうことはトヨペット時代にもよく遭遇したことで、これが元でよくサービス課の連中とは口論になったものです。またかと思うとともに、メカニックの性とはこういうものなのか?ともあきれている所です。
余談ではありますが、こうしたメカのズボラさから、お客さんと約束をしてしまった自身を守る為に身につけた技術がオーディオやナビゲーションをはじめとする室内機器の取り付け技術であり、車両の軽整備であり、クルマのボディ磨きといった技術です。まあ、人間何処で何がどのように役に立つか判ったものではありません。プラモ造りの技術もクルマの整備に随分役に立っていますしね。

オペラの清水さんの「院長ブログ」で、「出張診療は大変」という意味のことが書かれていました。曰く「設備の整った環境でこなす診療を思うと、出張診療は限られた持ち込めるだけの設備や備品の中で診療を進めなければならない」という意味のことが取り上げられています。
たしかにメカニックも出張修理というものはあります。ところが、そのほとんどは工場でクルマが持ち込まれるのを待ち、設備備品の整った環境の中で日夜作業をしている場合がほとんどだと思います。別にそれが悪いことだとは思いませんが、ただ、こちらのお客さんの分の作業や仕事が持ち込まれるまでのお膳立ての部分に関わっていない為、「入ってきた仕事」という事に関して少々無頓着になっていやしまいかと思うことはあります。自分がエンドユーザーではなく、その先にもう一人いる訳ですからね。

誰が偉いとか、こっちが上位などという思い上がりはありませんが、もう少し相手を思いやるというか、少々気を回す、という事が出来んもんかなあ、と思ってしまうことが多いなあ。
「クルマを整備する前にお客さんの心を整備しろ」とはよく言われる言葉ではありますが、そうしたお客さんの心の整備って、こうした取引先のことまで含めなければいけないんですかねえ。

2009年7月5日日曜日

タイヤ

「らかす」さんでタイヤの話題がありました。

タイヤを安く買うのなら「ネット」で買え。これが最近のオーサービスシバタの仕入です。

ミシュランからの直の仕入と豪語する業者との金額比較もしていますが、ぶっちゃけ、ヤフオクの出品で福岡とか鹿児島、秋田などの僻遠(失礼)の地から配送されてくるタイヤを現地で装着する方がトータル金額を考えても安いです。現地での装着料金は浜松の場合、高い所で2,000円、普通で1,500円程度です。これに廃タイヤ処理やエアーバルブ交換を加えても500円程度です(全て1本の価格)。
タイヤ工場は非常に大規模なものですから、出所はメーカーしかありません。あとは出荷時期というか生産時期の差でしかありませんが、そこそこ取引回数の多い(評価件数の多い)業者であれば、よほど特殊サイズでもないかぎり1年前とか1年半前という生産時期はないはずです。

ブランドですが、個人的にはミシュランのXM1を推奨いたします。もちろんサイズがない場合もあるので必ずとはいいませんが、個人的には一番信頼のおけるグレードだと思っています。以前ベンツでプライマシーHPを履かせていましたが、特にどうという事はない、これぞミシュランという感じの非常に希薄なタイヤでした。
その他でいえばMXV8も良いようですが、残念ながらこのグレードは生産中止になってしまいました。後継グレードもあるようですがまだ試したことがないので何ともいえません。

さて、ランフラットタイヤです。
パンクをどうのこうの言えばこれに勝るものはないんですが、こと国内でいえばランフラットにする意味は全くないと思っています。どこかの国のように銃撃戦があるわけじゃなし。
また、釘を拾ったからといって普通のチューブレスタイヤは穴の状況にもよりますが2週間は持ちます。釘を抜いちゃえばすぐにぺちゃんこになりますが、抜かなければよっぽはもってしまうからです。
仮にぺしゃんこになってしまったタイヤに気がついたとしても保険会社やJAFの用意するパンク修理サービスで一応の応急修理が済めばある程度は何とかなってしまいます。
たしかに応急処置では心もとないとか、パンクしきってしまっても100キロ程度は走れるとかいうことはあったとしても、現実状況としてはスペアタイヤを使った事のある人ですら稀であり、トヨペット時代、スペアタイヤが何処にあるか知らない、とかジャッキの使い方すら知らない人が大半(感覚としては95%以上)という現実を思うとノーマルタイヤにパンク修理キットで十分、というのが本音です。
パンク修理キットの事を本職に聞いても「心許ない・怪しい」といわれるのは目に見えていることですから、聞くだけ野暮、と思います。もっとも、本職の人が使うパンク修理部品とキット品の内容は大差ないという感じですけどね。もちろんゴム部品ではありますから常に新しい部品を使うほうがいいんでしょうけど。

もちろん純正の足回り状態にしておきたい、なんていう方を止めるなんてことはしませんけどね。
ただ、ランフラットタイヤは非常に高額です。現行ソアラの場合で45000円/1本ほどしました。また、サイドのゴムの層だけに限らずトレッド面のゴムの層も非常に厚いため、一般のタイヤ屋さんレベルでの設備では交換作業自体が出来ないことも往々にしてあります。自分のお客さんの場合では、ブリジストンの浜松営業所に直接持ち込んで交換作業をしてもらいました。


本国使用ではそうでもない事が多いようですが、こと日本仕様になると外国勢のクルマ達は極端な仕様というか客受けのいい仕様(見栄え)を日本仕様として持ち込むことが多いような感じです。
例えば本国ならごく普通の195/65R15あたりを使ってきていても日本仕様になると外周寸法は変えずに225/40R17とか、225/35R18あたりを使ってくるきらいがあります。そこまではいかなくともホイールサイズを大きく、トレッド幅を広く、という傾向はあります。
たしかにぺたぺたに薄いゴムとでっかいホイールの取り合わせは外見はカッコイイのですが、扁平率が低くなるということは、同じクッションを実現しようとすれば空気圧を高めにし、でもタイヤサイド軟らかくして、でもそのままでは乗り心地が硬くなりすぎるので少々柔らかいゴムをトレッド面に使うという傾向になります。もちろんイコール減りやすいタイヤという事ですね。ランフラットなら尚更そういう傾向は強くなると思います。

個人的には現行の車重ならば適正なタイヤサイズの上限は55扁平まで、と思っています。それ以上は過剰すぎるというか、オネーチャンの履くハイヒールみたいなもんで、カッコはいいけど足は痛くなるし、履きづらいし、しかもハイヒールでの歩き方がヘタな人はへっぴり腰で歩く羽目になって、かえってみっともないことになってしまいます。

ただ、得てしてそういう風に割り切れる人が少ないのも事実なんですけどね。残念なことに。

2009年7月4日土曜日

電子タバコ

昨日の夜、初めて電子タバコなるものを目にしました。
電気仕掛けのそれは、ゆっくりと吸い口を吸うとその減圧を感じ取って先端のLEDが点灯し、いかにも火口の火勢が強くなっているが如き様子を再現し、口中に様々な成分の煙を含ませてくれて、プーッと煙を吐くことが出来る代物でした。
でもなんかそれはイカサマをつかまされているようで、ちょっと試したくもなりましたが、やはりタバコの紛い物である以上、すぐに飽きるだろうなあ、と思わせられるものでした。価格は1万円のものから3千円くらいのものまで様々、電池の寿命にもよるけど大体1年位はもつとのことでした。

でも。そこまでしてタバコを我慢しなければイカンものなのか?

健康に悪いからといって、素直に喫煙を諦めるほど人間は物分りの良い存在ではないでしょう?

むしろ健康に悪いといわれつつも、かたくなに辞めようとしないその理不尽なまでの頑固さとか物分りの悪さとか、そうしたものを固持し続ける方がよほど人間らしいと思ってしまいます。肉食系だとか草食系だとかいう区分けの風潮があうようですが、今現在ここまで喫煙の習慣を悪く言われ続けながらもかたくなにタバコを吸い続ける方々のその強固な意志(?)はそんな軽薄な区分けを超越するものとして賞賛させていただきたいくらいです。

ただ臭いですけどね。昔柴田が喫煙をしていた頃は気にもしていませんでしたが、タバコのヤニは臭いです。喫煙者のいる飲み会の席に行くと、大概嫁さんにすぐばれます。「タバコ吸う人がいたでしょう?」ってね。
夜の散歩時にタバコを吸う人とすれ違ったり、吸いながら散歩していた人とすれ違うと強烈に臭います。昔はこんな風ににおいを撒き散らしていたんでしょうねえ。

柴田が大学に行っていた頃は駅のホームであろうがなんだろうが非喫煙場所という概念は何処にもなく、寮の中でもタバコのにおいというのは何処に行ってもついて回るもの、という感じでした。当時住んでいた浜松市学生寮は今はもう存在していませんが、聞くところによると駅のホームの片隅にあった喫煙場所すら今は撤去されてしまっているという体たらくなようで、喫煙者にとっては受難の時代真っ盛りという感じです。

個人的なスタンスでいえば、「昔吸っていた、今は辞めてもう5年くらい」というところで言うと「吸わんでもすむものならそれに越したことはない。ただ、タバコが好きな人もいれば、嫌いな人もいる、ということであまりにも潔癖症になりすぎる世の風潮は如何なものかとは思う。」という感じですかね。
潔癖症というところでいうと、タバコに限らず色んな意味で様々な状況に対しフレキシブルでなさすぎる人が増えたように思えてならない気はします。何とはなしに。

2009年7月3日金曜日

環境

去年の9月だったか10月だったか。初めて噂に聞く「ツインリンクス もてぎ」に行きました。

個人的には初めて埼玉以北に行ったのですが、感心したのはその空の広さというか、地面の使い方のおおらかさというか、伸びやかな土地柄にまず感心しました。
柴田の自宅兼事務所は浜松の辺境に位置していますので、今ゼンリンのデジタルゼンリン地図で計測したところ458平米・138.6坪の敷地を夫婦2人、犬2匹で占有しているのですが、それをものともしない伸びやかな地面の使い方に羨望を感じたものです。

トヨペットに入社したときに、ふとした話のなかで柴田が「2階建ての家に住んでいる人が羨ましかった」、という話をしたとき「それは贅沢者の言う事だ」と言下に言われたことがあります。つまりは2階建ては敷地面積の狭さをカバーする為の苦肉の策であり、それを必要としない平屋の家というのはそもそもが贅沢なのだ、という事でした。
それを裏付けるように、浜松の市街地に住む人々は庭というものがほとんど無く、その大部分を駐車場としており、その面積を確保するのにも四苦八苦している人たちもある、という事に気がついたのはそう後の事ではありませんでした。村櫛ならばクルマなどその辺に置いておくもんだ、という意識があったのですが、所変われば意識もずいぶん違うものだと気がつきました。

話は変わって、数年前に横浜に住む叔父が亡くなりました。その初めてのお盆に、それこそ初めてその叔父の住んでいたマンションに行きました。
その叔父は長らく東芝に努めており、自宅としてマンションを購入した、というところまでは聞き及んでいたのですが、想像では「東芝なんて超有名企業に勤めていたんだし、随分と稼いでいただろうからそれなりに豪華なマンションに住んでいるに違いない」と思い込んでいたのです。ところが。
実際に叔父の家に行きびっくりしたのは「え?こんなところなの?」というぐらいそのマンションが狭かったことです。親子4人だったのですが子供部屋はそれぞれ3畳もあるか?という程度であり、リビングは6畳程度、その横に和室がこれも6畳あったかな?という程度です。そしてそれらがうなぎの寝床のように縦に細長く配置されており、おもわず「これかい?」と唸ってしまったほどでした。同級生で吉祥寺のレオパレスに住んでいた奴がいましたが、それを1人で使っていたことを思うとよほどそちらの方が優雅とおもってしまうほどでした。
これがサラリーマン生活40年の成果かと思ったものです。叔父さんには悪いけど、正直な情けなくなりました。一所懸命やってきて守ってきたものがこれか、と。こんなものなら田舎に留まりもっと余裕のあるスペースと時間を持ちつつ、贅沢さえしなければもっと余裕のある暮らしが出来たのではないか?と思わずにはいられませんでした。まあ、価値観の違いは人それぞれで如何ともし難いものがありますので、仕方ない所もあるんでしょうけども。


人間一歩引いて見ればいくらでも違う見方のできるものだと思います。逆に自分の今を見て、何でもっと頑張らないんだ、と思われる方もあるかもしれません。
ただ、今囚われている「こだわり」を捨ててみた結果を想像してみるのも一興かもしれませんよ、となんとなく思ったりもします。