2010年4月27日火曜日

これは失敗だったのか

近頃思うのは「農地解放」ってのは失敗だったのかなあ、という事です。勿論私の時代の教科書では、それを肯定的に取り扱っていましたが。

失敗の理由として農地、特に田んぼの荒廃と埋め立て・宅地化の著しい進行があります。これは現在の農地が、結局今まで持たざる者あった小作人たちが労せずして得た土地であるがために、いとも簡単に「そっちの方が儲かるから」という理由でアパートや住宅用地に売ってしまったと取れる光景が非常に多いとか。
また、減反に応じた方が割がいいという理由で耕作放棄をしてしまい、数年後には復帰不可能なまでに荒れ果ててしまい、水田に戻すことが不可能になってしまっている所とか。
で、そういうところに「道路の一本でも通してくれないかなあ」と、所有地の換金を目論み、待ち望んでいるという名ばかりの百姓が少ないくないという光景も結構見られるわけです。よく見かけませんか?いかにも保証金で御殿に作り変えられたっぽい新興住宅地や新規道路近辺の豪邸を。


昔からの地主さん達ならば、お金がある程度あることが普通でしたでしょうから、それほどがめつくことも少なかったでしょうし、所有地の耕作についても、今ほど換金を急ぐ状況には至らなかったのではないのかな?と。
結局持たざる者は、使い方も知らない方が多いような気もするんですね。

貴族主義を標榜する気はサラサラありませんが、あまりにもの平等主義は却って悪平等に繋がるような気がしてなりません。特に今の荒廃した耕作地を見るに付け。なんだかんだ言って全てが平等なことなんてあるわけがないんですから。

昔、日本は美しい国だと口を揃えて外国人に言われた頃の光景の源は「隅々まで丹念に耕された耕作地が作る緑豊かな光景」だったはずです。私が生まれて間もない頃の写真が残っていますが、その後ろに写っていた光景は見渡す限り、という位に広がりを見せる美しい緑の田んぼでした。
今は昔、という話になってしまいますが、その耕作地たちはかなりの部分が埋め立てられ、継ぎ接ぎだらけの美しくない光景に成り下がっています。
司馬遼太郎ではありませんが、どうも日本の風景というものは昭和の40年代を境に急激に変わっていったようです。これはお客さんの何人かにお尋ねしての印象でもそうでした。
では、果たしてここ村櫛の、埋立地を懸命に拡げていった世代の、曾爺さん以前の村櫛人が見たかった光景はこれなんだろうか?と思わずにはいられません。

経済成長も結構ですが、農業は国土を守る最後の防衛線であったはずです。アメリカはもとより、フランス、ロシアといった国々の本質は農業国です。自前ででんぷん質を賄えられる。観光立国なる、とって付けたようなお題目も結構ですが、環境保全や治水、景観保護といった多目的な要素をカバーするのが農業なはずなんですが、どうもねえ。土地を細切れにしすぎた弊害からか、統一施策がどうにも取れていない印象が強すぎる。


どうせ無かった物なんだから、耕作放棄している現状の土地は旧地主に返還させるとかさ。で、耕作する限り相続税も掛けないとか。何でもかんでもお金に換算するんじゃなくって、風景を次世代に残すことをもう少し考えてくんないかなあと、ちょっと思いました。

借金ばかり残すんじゃあなくって。

こんなんじゃ後世の子孫達に完全に馬鹿にされるよ。この時代の御先祖様たちはって。そう言われない為にも今から出来る手をひとつづつ打っていってほしいし、考えていって欲しいものです。

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